会社名が出てしもたっ

 

どうして皆ちゃんと応援グッズを持っているのだろう。

しかし、ネルソンさんもびっくりしたやろね。(撮影:田中玲子)

 

 日本では、阪神タイガースの活躍が一種の社会現象になっていて、ありとあらゆるマスコミがタイガースと星野仙一監督を追っているらしかった。八月中旬になっても、相変わらず賛同者は増えず、十数人に留まっていた。しかし、マスコミからの取材依頼だけは山のように来た。民放五社の他に、新聞社や通信社数社から、メールや電話で取材依頼やインタビューが来た。

 ある朝、自宅のコンピューターでEメールを開けてみると、数日前に取材を受けた某スポーツ新聞の記者からのメールが入っていた。開けて見ると「取材した内容を掲載させてもらいました」とのこと、その記事の載っているウェッブサイトも書いてあった。早速、そのサイトを開けてみる。

 読み始めて、僕は「ぎゃっ」と叫んだ。「川合元博氏(四十六歳)」の後に、何と僕の会社名が出ているではないか。確かに、取材の際、氏名、年齢、職業を聞かれて会社名を記者に教えたが、まさか記事の中に書かれるとは思ってもみなかった。僕は慌てて、日本へ出張中の社長に報告とお詫びのメールを書いた。記者に会社名を伝えたのは、軽率だったと反省したが、もう後の祭。ただ、記事自体は「ロンドンで『虎ファルガーの会』なるものが結成され、優勝当日には百人以上がトラファルガー広場で『六甲おろし』を合唱することになっている。広場には噴水もあるので『ダイブ』もできる」という、他愛もないものだったので、会社名が出ても、それほど問題にはならないと思っていた。記者に抗議しようかとも思ったが、一度記事になってしまったものは、仮に新聞社に抗議をしても、取り消すことはできない。やるだけ無駄なのでやめておいた。

 その日の昼頃、会社の総務から電話が入り、日本で、株主から「会社の人間がそんなことをするのはけしからん」と抗議があったことを知らされた。詳しいことは分からず、おそらく巨人ファンの株主なのだろうと思っていた。

 それから数日間、どこで調べたのか、僕のメールアドレスを探し当てた人から、抗議、中傷のメールが相次いだ。そこで、やっと何が問題かが分かってきた。多くのメールは「ダイブ」がけしからんという内容だった。そのとき、運悪く、日本では道頓堀川に飛び込むことが危険である、不衛生であると問題になっていたのだった。誰かがトラファルガー広場の噴水に飛び込むかも知れない、そのダイブが「危険で、不衛生で、不道徳」だと言う内容が多かった。暑い今年のロンドン、若者が広場の噴水に入って水浴びをしている様子が、日本のテレビでも流れていたはずなのだが。きっと誰も見てないのだろうな。

 記者の取材の際に、会社名を出したのは、今回の最大の失敗だったと思う。特に「面白ければいい」というスポーツ新聞は要注意なのだ。ただ、この記事で話題なったことがよかったのか、それを前後に、賛同者が増え出した。ロンドンだけではなく、ノリッジ、ケンブリッジ、バースなど、百キロ以上離れた町からの参加希望者は僕を喜ばせた。記事に書かれた百人はだめでも、五十人はいくのではと、僕は密かに期待をし始めたのだった。