映画と原作は何故違うのか

 

 朝食を済ませてから外に出た。まず、国営の酒類専売店「システムボラゲット」に行く。スウェーデンでは酒は専売制で、スーパーマーケットには置いていない。酒を買うためには、専売店まで行かなくてはならないのだ。税金が高いので値段も結構高い。僕たちはそこで、アルコール度六十パーセントのウォッカを買った。八十パーセントという、恐ろしいものもあるらしいが、幸か不幸かそこには置いていなかった。その後スーパーマーケットに行った。またミドリがラクリス入りのお菓子を「妹へのお土産」と称して買い込んでいる。

 僕にはその日の朝映画館の前を通りかかったときに見た、ヴァランダーの映画のポスターのことが気にかかっていた。ヘニング・マンケル作、「クルト・ヴァランダー」シリーズは、僕のお気に入りなのだが、映画化されたものはまだ見たことがなかった。おそらく、その映画が、英国で上映されることはないだろう。もしも時間が合えば見たいものだと思った。映画館へ行って時間を尋ねると、十分後の十三時から始まると言う。それで、僕は、妻と娘と別れて、映画「Steget Efter」(一歩遅れて)を見ることにした。

「映画はスウェーデン語ですけど、それでも良いのですか。」

と切符を買うときに尋ねられた。原作を読んでいるから大丈夫だと答えておいた。

 果たして、映画は原作と全然違った。一応ヴァランダーが主人公で、途中まで原作を追っているのだが、後半は全く別のストーリーと言ってよい。結構気に入っている話だけに、これだけ手を加えられると少々腹が立つ。

 二時間後、僕は外に出た。マユミとミドリと落ち合う時刻まで少し時間があるので、僕はクングスガタンのカフェに入り、ビールを注文した。そして、持っていたマルティン・ベック・シリーズ第八作「密室」ドイツ語訳の続きを読み始めた。

「マルティン・ベックは同僚のレンの部屋を去り、その後警察署をも後にした。彼は街中を急いで通り過ぎた。クングスホルムスガタンを抜け、クングスガタンをスヴェアヴェゲンの方向に歩き、そこから北へと向かった。」

そんな一節を読んでいるとき、自分がまさにその場所にいると言うのは大変面白い。

 カフェの隣の机で、一人の中年の男性がやはり熱心に本を読んでいる。本のタイトルを覗き込むとニック・ホーンビーの本、しかも英語だった。彼が顔を上げたとき、

「ホーンビーは面白いですか。」

と聞いてみた。

「全部の本が面白いと言うわけではないけれど、この本は面白いね。きみがまだ読んでいないなら、ぜひお薦めします。」

と彼は行った。彼は、僕が何の本を読んでいるのかを尋ねた。

「シューバル/ヴァールーです。今、ちょうどこの場所が話題になっているところです。」

僕は読んでいる本を彼に見せた。英語を話す日本人が、スウェーデンの作家をドイツ語で読んでいる状況に、彼は驚いたようだった。

 

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