スカンジナビア風朝食とは何か

 

 六月二十九日の朝は、七時前に目が覚めた。妻と娘はまだ深く眠っている。どこへ行っても必ず朝ジョギングをする僕は、その日もホテルを出て、ストックホルムの街を走り出した。気温は十度前後。ウィンドブレーカーを着ているので寒さは感じないが、手が冷たい。自分の足で走ると、乗り物に乗っている時より周囲が仔細に観察できて、色々な発見がある。北へ向かい王立図書館の周りの公園を少し走った後、西に向かい、クングスホルメン地区に入った。道中、国営の酒類専売店、ヴァランダーの映画をやっている映画館、そして警察署の場所をチェックした。

 五十分ほど走ってホテルに戻るが、ふたりはまだグースカ眠っている。僕はシャワーを浴びた後、着替えて、今度はカメラを持って外に出た。腹が減ってきたが、食堂がうるさいスペイン人の団体客に占領されていたので、散歩から帰ってから、妻と娘と一緒に朝食をとることにした。

 先ほど前を通った、クングスホルムのスウェーデン警視庁に向かう。マルティン・ベックは警視庁犯罪捜査課警視に昇進してから、この建物で働いていたことになっている。小説では威圧的な建物して描かれているが、それほどでもない。典型的なお役所の建物という感じ。何枚か写真を撮る。帰りに、中央駅に寄り、そこでも何枚か写真を撮った。この駅もマルティン・ベックシリーズに頻繁に登場する。パスポート用の写真ボックスで、自分のむき出しの下半身を撮り、それを売りつけるという少女が登場する。確かに、写真ボックスがある。しかし、そのエピソードはもう四十年前に書かれたものなのだ。

 ホテルに戻ると九時半。朝食は十時までなので、妻と娘を起こして食堂へ行く。ふたりは昨夜、運河まで真夜中の夕焼けを見に行ったとのこと。濃いピンクとオレンジの雲が美しかったとミドリが言った。

ホテルを予約したとき、クーポンに「スカンジナヴィア風朝食付」と書いてあった。

「『スカンジナヴィア風』って、どんなのだろう。」

ミドリがそれを見て言った。一度スウェーデンに来たことのある僕は、おそらく、酢漬けのニシンと、チューブに入ったタラコのペーストが出てくると予言した。

「ええっ、朝から、酸っぱい魚と、タラコ。ゲゲーッ。」

それを聞いて、ミドリは言った。

 果たして、朝食はかなりの豪華版だった。ハム、チーズ、ベーコン、卵、ソーセージ、サラダの他に、確かにタラコのペーストもあった。グレープフルーツとスイカも食べ放題だった。ところが、ニシンの酢漬けは見つからない。これは、不思議だ。ともかく、豪華なメニューに逆上した僕たちは、色々な物を少しずつ取り、せっせと食べ出した。

 何度かのおかわりの際に、妻が皿に二種類のニシンの酢漬けを乗せてきた。陶器の壷の中に入っていたと言う。僕はミドリに言った。

「やっぱり、『スカンジナヴィア風』にはニシンがなくては話にならないよな。」

 

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