トナカイと鹿はどちらが美味しいか

 

 船上のカフェでビールを飲んだ後、地下鉄に一駅だけ乗って、ホテルに戻った。地下鉄の乗り場は「T」と白地に青いサインが出ている。ストックホルムの地下鉄は、マルティン・ベック・シリーズにもしばしば登場する。ベックは車の運転が嫌いで、移動はもっぱらタクシーと地下鉄だ。小説の中で、地下鉄に対して好意的な記述は少ない。汚くて、いつも混んでいる。そして、季節の変わり目になると、ベックはいつも風邪を地下鉄の中で貰ってきてしまう。しかし、僕の見た限りでは、駅も、車両も清潔で、良い印象だった。加速と減速が過激なのが気になったが。

 ホテルに戻って、少し休憩を取った後、午後六時頃、少し早いが夕食に出ることにした。ドロトニングガタンを旧市街とは反対の方向へ歩き出す。ミドリは、せっかくだから、スウェーデン料理を食べたいと言っている。五分ほどで、ちょっとモダンなレストランが見つかり、僕たちはそこに入った。

 数日前、妻が実家の義母に電話をし、スウェーデンに行くと話したとき、義母がスウェーデンでは鹿料理が美味しいと言ったそうだ。レストランのメニューには「アカシカ」と「トナカイ」の料理があった。鹿の肉は昔ドイツで何度か食べたことがあった。僕は冒険を避け、「アカシカ」を注文した。マユミとミドリはふたりとも同じ魚料理を注文したようだ。オーストラリア産の白ワインを注文する。シャドネーだが、本場フランス産シャドネーの値段の三分の一くらい。そして、このワインは美味かった。ミドリも飲んで感心している。

「このワインの名前、どこかに書いておいて、ロンドンでも捜そうよ。」

と言っている。十六歳の少女の言葉とは思えない。

 ドイツで食べた鹿の肉は、脂肪分が少なくて、淡白で硬かったという印象だった。しかし、その日出されたステーキはミディアムに焼き上がっていて、ジューシーでなかなか美味しかった。トナカイの肉も試してみたいが、一度にそんなには食えないので、次回のお楽しみということにしておこう。妻と娘の注文した魚料理も、小さなロブスターまで添えられており、なかなかの豪華版だった。僕たちはワインをもう一本注文して、「お腹一杯、苦しい」と言うまで食べた。一万五千円くらい払ったが、その価値は十分にあった。

 七時半頃、レストランから外に出る。外には雨が降り始めていた。しかし、夜どころか夕方の気配さえない。ホテルに戻り、僕はベッドに横になった。外は雨が降っている。空はミルク色だ。テレビをつけると陸上の試合を中継していた。それを、見ているうちに、僕は満腹とワインの酔いから、眠ってしまった。途中一度、妻が、もう一度外に出ないかと尋ねたような気もする。

 目を覚ますと朝の三時だった。ミドリが僕と妻の間で寝息を立てている。窓の外を見るともう明るい。雨はやんでいて、空は眠る前と同じミルク色だ。眠っている間に一度は暗くなったのだろうかと疑ってしまう。

そんなことを考えながら、僕はもう一度眠りについた。

 

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