正直者は損をしたのか得をしたのか
旧市街を抜けると、そこは湾の奥で、船着場があった。向こう岸への渡し船、運河を通ってイェーテボリまで行く観光船、「ヴァイキング・ライン」と書かれたフィンランドへ向かう巨大なフェリーなど、あらゆる種類の船が停まっている。
僕たち三人は、一時間で湾内を一周する観光ボートに乗った。観光バスくらいの大きさで、天井がガラス張りになっている。僕たちは最後部に席を取った。ストックホルムは、湾と、湖と、数々の島と、運河と橋で成り立っている。水辺に立つ建物はどれも重厚だ。クリスマスにヴェネチアへ行ったが、船からの景色は、ヴェネチアの対岸のリド島から見た景色に似ている。ストックホルムが「北のヴェニス」と呼ばれることに納得。
ボートは湾を順々に巡る。王宮前、高級ホテルや高級ショップの立ち並ぶストランドヴェゲン、遊園地のある島に立ち寄り、巨大のフェリーの横を通って、一時間後にもとの船着場に着いた。
ボートで着席してから、誰も料金を取りに来なかった。降りる間際、若い乗組員に、
「まだ、お金払ってないんだけど。」
と英語で言うと、彼は、白いズボンを履き、少し腹の出た船長と思しき男性を指差し、その人と話せと言った。僕は、その船長に同じ事を言った。
「ええ、あんたたち、まだ料金払ってないの?」
と、少し驚いた風に彼は言った。横で妻が、
「黙って降りていれば、只でいけたのに。正直に言っちゃうんだから。」
と日本語で文句を言っている。
「だって、あんた、お金を取りに来なかったじゃない。僕たちは、ここから乗ってここで降りたから。ラウンドトリップで一人百クローネかい。」
僕がそう言うと、船長は、
「正直言ってくれたので、一人八十クローネで、二人分でいいよ。」
と、半額に負けてくれた。妻はまだ横でブツブツ言っている。正直者は、損をしたのだろうか、それとも得をしたのだろうか。
見晴らしのいい場所があると言うので、カタリーナヒッセンという一八八三年に出来た剥き出しのエレベーターに乗り、建物の上へ昇る。エレベーターはスウェーデン語で「ヒス」、「The」に当たる定冠詞が着くと、語尾に「EN」が付き、「ヒッセン」になる。それを降りると、建物の屋上から丘の上まで橋が架かっていた。この辺り、町の構造がなかなか立体的だ。
丘からの眺望はイマイチだったので、また水辺に降り、運河に浮かんだ船の上のカフェで、スウェーデンのビールを飲んだ。ハイネケンと良く似た味だった。船の上で飲むビール。対岸の風景。この雰囲気、どこかに似ている。そうだ、ロンドンのテムズ河の観光船で飲むビールと同じだ。妻にそう言うと、彼女も同じ事を考えていた。