スウェーデン人の味覚はどうなっているのか
ミドリはドロトニングガタンで、吸い込まれるように一軒のお菓子屋に入っていった。店の中では、透明なプラスチックの箱に入ったキャンデーやらチョコレートが並んでいた。それを小さなスコップで自由に取って、レジで目方に応じてお金を払うシステムらしい。ミドリの目が輝いている。彼女は、「あ、ラクリス、ここにもラクリス。いいなあ。」
と言いながら、数種類のキャンデー、グミを選んで袋に入れた。(ミドリはラクリスを「レクリッシュ」と発音した。)袋の中身は皆黒い色をしている。と言うことは、全部ラクリス味なのだ。
「この前、(スウェーデン人の友達の)アンナと一晩でラクリスを一袋空けちゃった。ロンドンでは手に入らないの。」
彼女は嬉しそうに言った。
外に出て、ミドリは早速買ったキャンデーを口に入れた。僕も一番小さそうなのを、ひとつつまんで口に入れた。しょっぱい。キャンデーにまぶしてあるのは、砂糖ではなく塩なのだ。そして、その後にラクリスの甘いとも辛いとも言えない、複雑かつ強烈な味が襲ってきた。その味は筆舌に尽くし難い。妻の話によると、黒砂糖から出来ているというが。覚悟しないで、軽い気持ちで口に入れると吐き出してしまいそうな味。昔「酢コンブ」って言うお菓子があったが、無理して何かに例えればそれに近い味と言える。
「ダディ、美味しい?好き?」
ミドリが口の中に幾つかのキャンデーを入れたまま聞いた。
「ダディには、食べ物で、大好きな物と、ちょっと好きな物と、普通に好きな物しかない。」
僕は言った。
「それで、これは?」
僕は大抵のものは食べるし、第一印象が悪くても、食べ慣れてくるうちに美味しく感じられるものもある。でもこれは例外。
「大嫌い。」
スウェーデン人と言うのは、このえげつない味が大好きらしく、お菓子屋には必ずそのコーナーがあるし、専門の露店なんかもある。キャンデーのみならず、ラクリス味のガム、ラクリス味のチョコレート、ラクリス味のアイスクリームまであるのだ。スウェーデン人のラクリス好きには、完全に脱帽。
僕らはドロトニングスガタンを抜け、国会議事堂のある島、ヘルゲアンズホルメンを横切り、王宮のある旧市街、ガムラ・スタンに着いた。そこからは石畳の狭い道になった。両側に店が並んでいるが、近代的な商店街ドロニングスガタンに比べると皆規模が小さい。昔住んでいたドイツのマーブルクの旧市街に似ていると妻が言ったが、確かにその通りだ。
その街で、ミドリは、アメリカインディアンの格好をした青年から、木の枝と鳥の羽で出来た、良い夢が見られると言う飾り物、「ドリームキャッチャー」を、妹のために買った。