タラップはブリッジより感激的なのか
ルートン空港は、「バジェットエアライン」と呼ばれる格安航空会社が好んで利用する小さな空港だ。最近は殆どの空港で、建物から直接飛行機に乗り込めるブリッジ方式が採用されているが、ルートン空港では、乗客がターミナルビルからゾロゾロと歩いて外に出て、タラップを登って飛行機に乗り込む。妻にはそれが珍しいらしい。
「こっちの方が、これから乗り込もうとする飛行機が間近に見えて、感激するわね。」
と言う妻の弁。確かに、タラップの方が何となくドラマチックではある。その証拠に、元首が外国を訪問した場合、必ずタラップを使って飛行機の外に出るではないか。あれも、出会いを少しでもドラマチックに盛り上げるための演出なのだろう。
飛行機の中での殆どの時間、僕たち三人は眠っていた。早朝の便なので、乗客の九十九パーセントが眠りこけている。約二時間の飛行時間、プラス一時間の時差で、現地時間の午前九時過ぎ、飛行機は下降を始めた。地図で見ても分かるが、ストックホルム近郊は、「森と湖の国」スウェーデンでも特に湖の多い場所だ。「マルティン・ベック」の第一作でも紹介されが、バルト海側のストックホルムから、大西洋岸のイェーテボリまで、湖と運河を伝って船で行けてしまうのだ。それは、東京から新潟まで運河があるようなものだ。着陸態勢の飛行機の上から、湖とそこに浮かぶ無数の島が見える。おそらく日本なら「何とか松島」と言う名前が付けられるに違いない。
定時にヴェステロス空港に到着。「Västerås」そのまま読むと「ヴァステラス」と発音してしまいそうだが、(事実、英国人のスチュワーデスはそう発音していた)Aの上にチョンチョンは日本語の「エ」に近く、Aの上に「お団子」は硬い「オ」の発音になる。
「わー、何にもないところだ。(ミドル・オブ・ナッシング)」
とミドリが言ったが、事実、何もないところに空港だけがポツンとあった。ターミナルビルも村の公民館という感じ。飛行機も僕たちの乗って来たライアン航空機以外は一台もない。
ヴェステロスは、航空会社の時刻表には「ストックホルム・ヴェステロス」と出ているが、実はストックホルムからちょうど百キロ離れている。もし姫路に空港があり、そこを「大阪」と呼んだら、それは詐称だと思うのだが。妻にそう言うと、
「ヴェステロスだけじゃ、どこかさっぱり分からないじゃないの。やっぱり、近くの大きな町の名前が書いてあるほうがいいわ。」
と彼女は言った。なるほど、好意的に解釈すると、そう考えられなくもない。
空港の前にはバスが停まっていた。そのバスが僕たちをストックホルムまで運んでくれるらしい。切符を買って乗り込むも、十分経っても、二十分経ってもバスは発車しない。乗客のひとりが運転手に文句を言うと、「今日は客が多すぎて一台に乗り切れない。もう一台のバスが来るまで待っている。」と言った。「一台だけでもすぐ出せ。」と乗客たちは非難轟々だったが、規則を盾に運転手はそれを拒否。三十分後にやっともう一台のバスが到着し、僕たちはストックホルムに向かった。