四コースディナーの毎日
この後、泥酔した少年は吐いた
私たちが泊まったホテル、「ミラベッレ」はハーフボード、つまり、朝夕食付だった。朝は、ビュッフェ形式で、並べてあるパン、チーズ、ハム、果物、ヨーグルトなんかを勝手に取って勝手に食べる。夜は、まずビュッフェ形式のオードブルの後、パスタかスープのファーストコース、その後に肉か魚のメインコース、最後にデザートである。
かつて何回もイタリアで働いたことのある私は、イタリアでは総じて食べ物が美味しく、かつ、比較的日本人の口に合い、また、どんなに場末の小汚いレストランでも結構の味のものを出すことを知っていた。つまり、イタリアで食べる料理に「はずれ」なしというのが私のこれまでの印象だった。その印象は今回も実証された。ホテルの食事は、派手な料理ではなかったが、それなりにソツがなく、美味しいものだった。
夕食の時間は午後七時半から。普通の時間であるが、スキーをしていると、結構待つのが辛い時間である。朝からスキーをしていると、皆四時ごろまでにホテルに戻る。その後、食事まで三時間半。おそらく半分の人間は昼寝をして、残りの半分はバーで飲んでいたと思う。昼間は寝られないタチの私は、いつも食事をする前に、バーや自分の部屋で結構な量のアルコールを飲んでいた。
一時間くらいかけて九時前に食事が終わる。酔い、満腹と、スキーの疲れで、私はもう起きていられなくて、十時前には娘と一緒に寝ていた。アフタースキーなんて、もう、関係ないのね、って感じ。スキーに来る前から、風邪気味だったし、風邪がひどくならないように、とにかく、寝ようと努力をしていたこともある。
クリスマスイヴも、食事が終わったら、娘と私はそのまま部屋に戻って眠るつもりでいた。しかし、息子がそれに反対を唱えた。
「クリスマスイヴの夜は特別。何かをしなくちゃ。その日に、部屋に帰ってそのまま寝るなんて考えられない。」
と言うのが、彼の主張である。
「よかろう、クリスマスイヴの日は特別。では、近くのパブへ行こう。パーティー券を買ってきなさい。」
そう言って、私は息子に金を渡した。英国ではクリスマスイヴ、大晦日のパブは大抵予約制で、パーティー券のない飛び入り客は入れてくれないのが普通なのだ。
クリスマスイヴの夜、食事が済んで午後九時半に、私と息子と娘と三人は、近くのパブに出かけた。その夜だけはファミリーナイトで未成年の娘も入れるのである。(息子だってまだ未成年なのだが、身長百七十五センチある彼は、大手を振ってパブに出入りしている。)
パブでは、ニュージーランド人とオーストラリア人のグループに会い、彼らと結構盛り上がった。私と娘は十一時半にホテルに戻り寝た。一時半に酔った息子が帰ってきた。彼は、トイレで吐いていた。翌朝、二日酔いの息子はスキー学校に来ないと判断、娘とふたりでホテルを出た。しかし、息子は根性で起きてきて、二日酔いでスキーをしていた。