ヤン・ゼクハース

Jan Seghers

「美しすぎる少女」

Ein allzu schönes Mädchen

2004

 

<はじめに>

 

  ゼクハースの第二作の「雪の中の花嫁」を先に読み、第一作のこの本を次に読むことになってしまった。やっぱり続き物は、最初から順番に読まないとね、と今回も思ったが後の祭。しかし、なかなか隅々まで考え抜かれ、良く書けている小説。四百七十ページの長編であるが、あっと言う間に読んでしまった。

 

<ストーリー>

 

第一部

 

 一九九九年四月。フランスはドイツとの国境に近いアルザス地方。ドイツ人教師夫婦と、その息子が、谷底に転落した車の中から死体で見つかる。この家族には、もうひとり、娘がいるはずだが、その娘は事故現場から見つからなかった。

 

 アルザスの農村地帯を、野獣のように人目を避けてさすらう若い女性がいた。彼女はフランス人の未亡人、マダム・フォーシャーの家に入り込む。マダム・フォーシャーは家畜小屋で眠っているその彼女を発見。怪我と病気で憔悴していた彼女を助け、世話をする。マダム・フォーシャーは記憶を失ったその女性をマノンと名づけ、自分の姪だと村人に話す。マノンはたぐい稀な美貌を持っていた。彼女は好奇心が旺盛で、次々と本を読み漁る。

 マダム・フォーシャーはマノンを連れて村の祭に出かける。ワイン醸造所の息子で、裕福なジャン・ルク・ジローは彼女を見初め、結婚を迫る。しかし、マノンは男には全く興味を示さない。

数ヵ月後マダム・フォーシャーが急死する。葬儀の後、マノンは、家とその村を密かに立ち去る。

 

第二部

 

 二〇〇〇年夏。ドイツでは暑い日が続いていた。フランクフルト警察、殺人課警視のロベルト・マルターラーは、その日から休暇に入ることになっていた。彼は、いつも朝食を取る「レーゼカフェ」へ出かける。そこには、いつもと違う女性が働いていた。テレザというそのチェコ人の女性は、従業員が休暇中、その代わりを勤めていると言う。彼女は美術史を研究史、ゴヤを見るためにマドリッドへ行きたい語る。最愛の妻、カタリーナを亡くしてから、十数年間独身を貫いてきたマルターラーであるが、その女性、テレザには好感と興味以上のものを感じる。

 その頃、フランクフルトのシュッタットヴァルト(街の森)の中で、夜勤を終えて帰る途中のホテルの従業員が、若い男の死体を発見していた。その死体は、体中をナイフで切り刻まれていた。折りしも、アメリカ大統領の訪問で、警察は多忙を極めていた。マルターラーの上司、ヘルマンは、マルターラーに休暇を返上し、直ぐに殺人現場に急行するように命じる。

 殺人現場である森に着いたマルターラー。彼だけではなく、女性の同僚ケルステン・ヘンシェルも、死体の余りにもひどい状態に大きなショックを受けた。鑑識のシリングは、血のついた運動靴の足跡を発見する。それは小さいもので、女性の足跡のようであった。そして、その足跡は、森の中で忽然と消えていた。その足跡の主は、そこから車に乗ったことが想像できた。

 マノンは、休暇で留守中の家に入り込み、そこで身体を洗い、服を着替える。巡回に来た警備会社のガードマンは彼女を発見するが、翌日からの休暇のを控えた彼は、最後の労働日にやっかい事を抱えたくないため、見ない振りをして立ち去る。その家を出たマノンは、プールへ入る。そして、そこでハンブルクから来た雑誌記者ゲオルク・ローマンに声をかけられる。

 鑑識のザバトは、森で殺された若い男のポケットの中から、ガソリンスタンドのレシートを発見する。それはフランクフルトからはるか西方のフランス国境に近い場所のものであった。マルターラーと新しい同僚のペーターセンは、そのガソリンスタンドへ向かう。そこは未亡人の経営する小さなガソリンスタンドであった。アルバイトをしていた経営者の甥の若者は、数日前、レシートに記載された日時に、フランクフルトナンバーの青い「フィアット・スパイダー」に給油したことを証言する。そして、その車の中には、三人の若い男と、美しい女性が乗っていたと語る。

 フランクフルトに戻ったマルターラーは、登録されている青い「フィアット・スパイダー」を探す。該当する車は三台。マルターラーはその所有者を訪れる。しかし、所有者のひとり、ユルク・ゲスナーという男の行方が分からない。その兄の話によると、ユルク・ゲスナーは数日前に、車を他の男に売り渡したとのことであった。マルターラーの上司、ヘルマンは、ユルク・ゲスナーを容疑者と考え、彼を指名手配にする。

 その頃、ベッティーナ・フェルバッヒャーは、結婚式の当日になっても、花婿のベルント・フンケが現れないのでやきもきしていた。ベルントは、数日前、「独身最後の日を友達と楽しむために」という理由で、新しく買った車で、ふたりの男友達と旅に出ていた。ベルントは挙式の時間になっても現れない。花嫁の父親、エルヴィン・フェルバッヒャーは、警察に連絡する。

 「花婿が行方不明」というニュースを耳にしたマルターラーは、その花婿が森で惨殺された若い男ではないかと直感し、挙式のために集っている人たちに会いに出かける。果たして、死体は、ベルント・フンケのものであった。花嫁の父エルヴィンは、ベルントのことを「ブタ」と罵る。

 マルターラーは、ベルント・フンケと一緒に「フィアット・スパイダー」で出かけた男が、ヘンドリク・プレーガーという男と、ジョーと呼ばれる男であったことを知る。そして、ベルントが、車の前の所有者であるユルク・ゲスナーと交友があったことを知る。ゲスナーは、妻に売春を強要するような男で、数々の闇の商売を牛耳っていた。ベルント・フンケも、学生とは名ばかりで、実は詐欺、脅迫、強姦などを平気でする男であった。

 警察は、ヘンドリク・プレーガーとジョーという同乗者を見つけ出すことに全力を挙げる。数日後、青い「フィアット・スパイダー」が森の中の池に沈んでいるのが発見される。引き上げてみると、トランクの中にひとりの男の死体が詰められていた。先に発見された死体と同じく、体中をナイフで滅多突きにされて。調べの結果、その死体は、車の同乗者のひとり、ジョーであることが分かる。

 一方プールでマノンと知り合った、雑誌記者ゲオルク・ローマンは、彼女の美しさの虜になり、フランクフルトの最高級ホテルのスイートルームに滞在し、彼女に高価な服や靴を買い与える。ある朝、ローマンが眠っているマノンを部屋に残して朝食に下りると、フロント係がマノンを探している男が現れたことを告げる。

 警察署のマルターラーの元へ、容疑者として挙がっていたユルク・ゲスナーが弁護士を連れて現れ、殺人事件の時の完璧なアリバイを示す。彼の容疑は晴れ、彼を容疑者として大々的に発表したマルターラーの上司へルマンは立場をなくし、病気と称して職場に現れなくなる。

警察は、今度は、もう一人の同乗者、ヘンドリク・プレーガーを重要参考人として、指名手配をする。目撃者の通報により、警察官が彼を逮捕しようとするが、彼はひとりの警察官のピストルを奪って逃亡する。

 マルターラーは金曜日の夜、偶然テレザと出会い、彼女を食事に誘う。テレザは、休暇中の友人の部屋を借りていたが、その友人が突然戻ってきて、行く場所がないことを告げる。マルターラーは自分の家の一室に住まないかともちかけ、テレザもそれを了承する。テレザは、マルターラーのアパートに越してきて、ふたりは一緒に週末を過ごす。

 土曜日の午後、プレーガーが再び森で目撃される。警察は必死で彼を追う。プレーガーはマルターラーの同僚の女性、ケルステン・ヘンシェルを捕らえ、彼女を人質にして、捜査網を脱出する。そして、ヘンシェルを解放した後、ひとりでゲーテ塔の最上部に立て篭もる。駆けつけたマルターラーが説得を試みるが、プレーガーは応じない。プレーガーの篭城とマルターラーの説得の様子は、テレビを通じて、全国に中継される。日曜日の早朝、警察特殊部隊の突入の直前、プレーガーは塔から飛び降りて自殺する。ヘンシェルは、プレーガーが彼女を解放する直前、

「オレは殺人者じゃない。」

と言ったことを思い出す。

 警察は、その日の午後記者会見をし、プレーガーが殺人の犯人であることはほぼ間違いないと発表する。

マルターラーが自宅に戻ると、電話がかかってくる。それはフランス国境の町、ザールブリュッケンの警察で働くかつての友人、カンプハウスからのもであった。彼は、マノンの指名手配写真を見て、それが一年半前の事故の際、行方不明になっている少女マリー・ルイーゼ・ガイスラーのものであることを告げる。マルターラーは躊躇せず、ザールブリュッケンへ向かう。

 

第三部

 

 フランクフルトの最高級ホテル「フランクフルター・ホフ」。ゲオルク・ローマンが部屋で、ナイフで滅多突きにされ殺されているのが発見される。一緒に滞在していたマノンが消えていた。ここで、警察は初めて、その「美しすぎる少女・マノン」こそが、殺人を犯したのではないかと気付く。警察は今度はマノンを重要参考人として指名手配するが、彼女は死体が発見される数日前から姿を消していた・・・

  

 

<感想など>

 

最初にも書いたが、シリーズ物は、やっぱり年代の古いものから順に読むべきと言うのが、最初の感想。後から書かれた「雪の中の花嫁」を先に読んでしまったが、そのとき「?」と思ったことの多くが、今回解明された。

先ず、マルターラーが警察に入った経緯。最愛で唯一と思っていた妻、カタリーナの死がきっかけということは、「雪の中の花嫁」で暗示されていた。マーブルクの大学で知り合ったマルターラーとカタリーナはそこで結婚。しかし、カタリーナはちょうど預金を下ろしに言ったマーブルク、オーバーシュタットの銀行で、銀行強盗事件に巻き込まれて死ぬのである。(マーブルクで長く暮らし、よく「オーバーシュタット」を散歩した私には、かわいそうと言うより、懐かしいエピソードであったが。)ともかく、マルターラーはその後、数ヶ月、人間の抜け殻のようになってしまう。しかし、最後には立ち直り、警察へ入るのである。

第二作では、テレザがマドリッドから帰るのに、マルターラーが空港へ迎えに行くのを忘れてしまい、テレザが行方をくらませた日から、物語が始まる。ここではテレザとの出会い、一緒に住むことになる経緯、彼女がマドリッドに発った理由がたっぷりと語られている。「なるほど、そういう訳だったのね」と思わず呟いてしまった。

また、第二作で、トラーという制服警官と、一悶着あったことが述べられるが、今回具体的に何があったのか、詳しく分かった。

もちろん、第一作、第二作ともに独立した物語で、別々でも楽しめる。しかし、第一作を最初に読んでいるのといないので、第二作の読み方、受け取り方が微妙に違ってくるのも事実であると思う。

 

最近、「刑事コロンボ」をずっとDVDで見ている。三十年前のドラマである。今回、マルターラーの問題解決の方法を見て、基本的に「コロンボ」と同じであると思う。結局のところ「名探偵」の方法論と言うものは、古今東西、変わらないのかもしれない。ともかく、「小さな矛盾、不自然さを見逃さず、そこを徹底的に究明する」これに尽きるようだ。マノンは主が休暇中の家に侵入し、そこで巡回に来た警備会社のガードマンと出会う。しかし、ガードマンは、事件によって明日から予定されている病気療養のための休暇が遅れるのを恐れて、それを握りつぶしてします。マルターラーは、ガードマンの証言の中の、ほんのわずかな時間差に注目し、彼が真実を述べてはいないことを予想する。そして、休暇中のガードマンを訪れ、彼に真相を話させるのである。

また、「思い立ったらすぐやる」これも、彼の基本的な行動パターンである。「花婿が結婚式に現れない」という通報を受け、ピンとくるものがあると、捜査会議の休憩時間中でも、それを確認しに出かける。(その結果、同僚は、何時間も待ちぼうけを食うのであるが。)また、ザールブリュッケンの同僚から、少女に関する情報が入れば、例え日曜日の夕方であっても列車に飛び乗る。これは、マンケルのヴァランダーにも共通する点である。

 

最初に「美しすぎる少女」マノンのエピソードを出し、その後起こる殺人事件に、彼女を絡ませる。読者は最初の被害者が発見されたときから、百パーセント近く彼女が犯人であることを前提に読み進むことになる。読者には、「刑事コロンボ」式に、最初から犯人が分かっていて、警察がその犯人に接近し、アリバイを崩していくパンターンの小説なのかと思わせる。ところが、と言うところが面白い。

この小説、映画化、テレビ化すればヒットすると思うが、個人的には映像化してほしくない。というのも、この小説は「美しすぎる少女」マノンの魅力で持っているところが大きいからである。読者はマノンのイメージを想像し、形作りながら読むことになる。どんな美しい少女なのだろうと。しかし、映像化すると、そのイメージが崩れてしまう。「美しすぎる少女」のイメージは、各読者が心の中に持っているのが、一番良いような気がする。

 

犯人を巡る人間関係が、ちょっとややこしすぎる気がする。殺された花婿と、その好からぬ友人たち。彼が車を買った相手。殺された花婿が、一緒に旅行をした友人宅で、車を買った相手の妻と肉体関係を持っていた。そんなちょっと非現実的で複雑な関係が描かれる。作者も複雑だと思ったのか、捜査会議の席で、マルターラーに黒板に全員の名前を書き、説明をさせているのが面白い。

また、自動車事故の際、行方不明になった少女が、見つからず、結局事件が迷宮入りしたというのも不自然である。マダム・フォーシャーの姪と名乗りながらも、彼女は堂々と近くの村で生活しているのであるから。そこがフランスで、ドイツ人に対しての感情が悪く、ドイツの警察に対する非協力ということで説明されているが。しかし、近隣の村にいた少女が、一年半の間「警察の必死の捜査」にも関わらず、見つからないなんてことが、果たして有り得るのかどうか。

 

最初イライラするくらい物語の進展が遅く、最後の百ページになって、それがトントンと解決に向かい、最後の十ページでもう一度どんでん返しがあるという、ミステリーの「お約束」を忠実に守っている作品。それだけに、現在を舞台にしながら、ちょっと古典を読んでいるような印象がした。

面白い。他人にお勧めできる作品である。

 

20075月)

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