「週末」
Das Wochenende
2008年
<はじめに>
恩赦で出所した元テロリスト、ユルクを巡る人々の心理劇。人里離れた屋敷に集まった人々の織りなす閉じられた世界。舞台にしても面白いと思う。
<ストーリー>
−金曜日−
クリスティアーネは金曜日の朝、恩赦をうけて釈放された弟、ユルクを迎えるために刑務所へ向かう。クリスティアーネは友人のマルガレーテと一緒に田舎に家を買って住んでいる。彼女はそこへ弟を連れて行く。その日、クリスティアーネはユルクの「昔の友人」を何人か自分の家に招待していた。招待されているメンバーの名前を聞いたユルクは、もう一人、マルコ・ハーンも招待者に付け加える。
ユルクは二十三年間服役していた。彼が投獄されたのは、「革命」を目指す左翼の活動家として(世間はそれをテロリストと捉えているのであるが)、誘拐、殺人、銀行強盗等を行ったためであった。彼は「革命」を遂行する上で、四人を殺していた。その日招待されている「昔の友人」も、一度はその左翼活動に身を投じ、ユルクと行動を共にした者達であった。
その日クリスティアーネの誘いで、田舎の家に集まったのは次のメンバーである。
◆イルゼ(女性):かつての仲間。教師をしているが、書くことが好きで作家を志している。
◆ヘナー(男性):かつての仲間。ジャーナリスト。
◆ウルリヒ(男性):かつての仲間。現在は歯科医院を経営。皆の中で一番経済的に成功して、大きなベンツに乗っている。
◆インゲボルク(女性):ウルリヒの妻。
◆ドーレ(女性):ウルリヒとインゲボルクの一人娘。
◆カーリン(女性):かつての仲間。今は牧師をしている。
◆エバーハルト(男性):カーリンの夫。定年退職した美術館員。
◆アンドレアス(男性):かつての仲間。弁護士。裁判の際にはユルクの弁護をした。
この他に、遅れてやってくる者として、
◆マルコ(男性):現在も革命を志す活動家。
◆フェルディナント(男性):ユルクの息子。
ユルクのかつての仲間は皆五十代半ばである。この他に、クリスティアーネの同居人、マルガレーテがこの「ユルクを囲む週末の集い」に参加することになる。彼等の集う家は、電気が来ていないし、電話も繋がっていない。
金曜日の午後、早めにクリスティアーネの家に着いたヘナーは、辺りを散歩する。そこで小川の畔のベンチで何かを書いているイルゼと会う。彼等は三十年ぶりの再会であった。イルゼは文章を書いていた。それは、かつての「同志」ヤンに関するものであった。弁護士であったヤンは、妻と三人の子供を残して、フランスの海岸で自殺したことになっていた。彼の葬式が、かつての仲間が一同に会した最後の機会であった。しかし、イルゼはヤンの死に関して、数々の不自然な点があることを発見していた。ヤンは死んでおらず、自殺を隠れ蓑にして、別のアイデンティティーを得て地下に潜ったと、イルゼは推理していた。
夕方までに皆が到着し、食堂に集う。予定では六時から食前酒、七時から食事になるという。マルガレーテが食事の準備に忙しい。
ユルクとクリスティアーネが現れ、夕食が始まる。夕食の最中、ウルリヒは刑務所の中の様子を聞かせろと、ユルクにしつこく迫る。カーリンとエバーハルトがウルリヒを鎮めようとするが、彼は質問を続ける。ユルクは疲れたので先に休むと言って食堂を出て行く。カーリンはウルリヒに、過去のことは触れないで、ユルクには未来に目を向けさせようと言う。ウルリヒは自分達をつなぐ物は過去しかないと反論する。ふたりが口論しているところにマルコが現れる。マルコは、
「ユルクは戦いを継続するために戻ってきたのだ。その彼を閉じ込めるな。」
と言い出す。そのとき、女性の叫び声が聞こえる。皆が部屋を飛び出すと、そこには裸のドーレと、ウルクが立っていた。ユルクは、
「見苦しいところを見せた。これは誤解だ。」
と述べる。
真相は、ドーレがユルクを誘い、ユルクがそれを拒んだというところであった。ドーレの父のウルリヒには娘の行動に思い当たる節があった。娘は父親に似て、昔から「有名人」に憧れていた。四人を殺した犯人、これほどの「有名人」が居るだろうか。娘は自分の行動を恥じて、明朝誰にも会わないうちに帰ろうと言う。しかし、父親のウルリヒは明朝もそこにいることを決心する。
皆が寝た後、食堂にはユルク、クリスティアーネ、イルゼ、マルコが残る。ユルクは自分が話題の中心であることに満足しているようであった。マルコは、「革命」を続けるためにはイスラム過激派との共闘も辞さないという。
部屋に戻ったイルゼは手記の続きを書く。ヤンはフランスの海岸で薬を飲み、仮死状態になり、救急車で連れ去られる。しかし、その救急車は組織の準備したものであった。
クリスティアーネはユルクをマスコミに登場させ、自叙伝を書かせ、マルガレーテと一緒にさせるつもりであった。これまで弟のユルクのことで心労が絶えなかったクリスティアーネは、ユルクがこれから、とにかく落ち着いた生活を送ることを望んでいた。台所の後片付けをするクリスティアーネをヘナーが見ていた。ヘナーは昔、クリスティアーネのことが好きだった。それどころかふたりの間には、短い間であったが、愛人関係もあった。しかし、ふたりがベッドで一緒にいるのをユルクに見られてから、クリスティアーネの態度が変わった。ヘナーはそれを、クリスティアーネが自分よりも弟を選んだと理解していた。今のクリスティアーネは、ユルクがこれから安定した生活を送る上で、有力なジャーナリストであるヘナーの助けが必要だと感じていた。
クリスティアーネは寝る前に、もう一度ユルクと話す。ユルクは、
「自分を刑務所に送っておきながら、平気な顔で出所祝いに顔を出す輩は許せない。」
と姉に言う。ユルクは隠れ家に現れたとき、そこに待ち伏せていた警官に逮捕されたのであった。しかし、その隠れ家を知っていたのは、当時へナーだけであった。それで、ユルクはヘナーが自分を警察に売ったと確信しているようであった。クリスティアーネは実はそうでないことを知っていた。
庭の離れに住んでいる、マルガレーテは夜中に目を覚ます。彼女は、殺人について悪びれた様子もなく語るユルクも、客たちも、皆病気であると思う。
−土曜日−
翌朝、一番先に目を覚ましたのはマルガレーテであった。彼女は外に出て、メランコリーに満ちた空気を吸い込む。イルゼも早く起きて、小川の傍のベンチで、自分の書いた文章を読む。マルコは、ユルクと一緒に新たな革命組織を作ろうと考えていたが、ユルクが期待外れなほど軟化していることに失望し始めていた。
午前十時。朝食の席に皆が揃う。ウルリヒがまた、ユルクの過去を蒸し返すような質問をする。
「最初に人を殺した後、あんたの中で何かが変わったか。」
ユルクは、
「革命は戦いだ。戦争の中で誰を殺したのかなんて、いちいち気にかけてはいられない。」
と答える。しかし、ウルリヒは、
「あんたが殺したのは、車の提供を拒んだ、関係のない民間人の女性じゃないか。」
と更に突っ込む。
「戦いの中で、ある程度の民間人の犠牲は仕方がない。」
と答える。マルコが怒りだし、ウルリヒに向かって叫ぶ。
「これは戦いなんだ。そこから下りたあんた達の誰に、ユルクの気持ちが分かるんだ。」
朝食の席は険悪な雰囲気に包まれる。ユルクは突然ヘナーに、
「警察の俺の隠れ家の場所を垂れ込んだのはあんただろう。」
と問い質す。
「熱ちち。」
その時とヘナーは叫んだ。クリスティアーネがヘナーの足に、コーヒーをぶちまけたのだ。クリスティアーネとマルガレーテは、火傷の手当てのためにヘナーを食堂から連れ出す。
ヘナーはユルクの隠れ家を警察に伝えたのはクリスティアーネであることを知る。マルガレーテは、ヘナーに、ユルクとクリスティアーネの中を裂かないために、自分が密告したユルクに言ってくれと、ヘナーに懇願する。ヘナーもそれを承知する。
朝食の後、部屋に戻ったイルゼは手記の続きを書く。仮死状態から目覚めたヤンは、ミュンヘンに出て、駅でひとりの女性と会う。その女性は、ヤンの新しい住まいを準備していた。ヤンは彼女の導きで再びテロ活動を始める。彼は手始めに、政治家の家に押し入り、妻の見ている前で、政治家を射殺する。
朝食の後、カーリン夫婦、ウルリヒ夫婦とアンドレアスはピクニックに出て行った。ユルクは自分の娘のようなドーレに迫られ泣き出す。マルコはユルクの名前で、マスコミに出す「戦闘継続」の声明を準備していた。クリスティーナは、刑務所にいるときはそれなりに安心していたが、ユルクが出所して、心配の種が急速に増えていくことに気付く。
「こんなことなら、弟はずっと刑務所にいた方が良かった。」
と、彼女は考え始める。ヘナーとマルガレーテは一緒にベッドの中にいた。
ピクニックから帰った弁護士のアンドレアスはマルコの書き上げた声明を読み、
「おれはもう協力しないから、あんたが勝手に弁護士を捜して、その声明の合法性について聞いて来い。」
とマルコに言う。マルコは弁護士を探し出すために町へと出て行く。
イルゼは部屋に戻って、ヤンの話を書き進める。ヤンの仲間達は、連邦銀行の頭取を誘拐して、自分達の隠れ家に拉致していた。彼等は、警察と交渉期限を定め、それが過ぎると、人質を殺すと通告していた。その期限が過ぎた日、ヤンは人質に遺言状を書かせ、彼を射殺する。
カーリンがピクニックから戻り、車を降りると、ひとりの若者が彼女を呼び止める。若者は、自分は美術史を専攻するゲルト・シュヴァルツという学生で、この地域にある古い家を調査していると言う。カーリンは、彼をクリスティアーネに引き合わせ、クリスティアーネは彼に家を案内する。その後、若者は客の中に加わる。
ユルクはヘナーに再び、
「隠れ家を警察に通報したのはお前だろう。」
と迫る。マルガレーテから言いくるめられていたヘナーは、
「俺は確かに隠れ家を訪れた。きっと、そのとき俺は警察に尾行されていたのだ。」
という言い訳をする。
夕食の時間になった。ユルクはその日、前日とは打って変わって、機嫌が良かった。皆は、自分の若い頃の「夢」、その夢が叶わなかったときの「逃げ場」について順番に述べる。その後、
「あの時、あんなことがあったのを覚えているか。」
という仲間同士の昔話に花が咲く。
しかし、その打ち解けた雰囲気は、ゲルト・シュヴァルツと名乗る若者の正体が明らかになったときに一変する。彼は、ユルクの息子、フェルディナントであったのだ。フェルディナントの母は、息子を残して自殺していた。
「あんたは、殺人犯となった自分の子供のことや、あんたに殺された人達の子供のことを考えたことがあるか。」
とフェルディナントは父親に迫る。
「あんたは、『現実』と『悲しみ』を見ることができない、自分のことしか考えられない、他人を慮れない、結局はナチスと一緒だ。」
と父親を批難する。ユルクは、
「俺とお前は立っている地平が違う。お前の言うことは聞かない。」
と息子に反論する。フェルディナントは家を飛び出す。ドーレが彼を追う。ドーレはフェルディナントに、少なくとも父親を理解する努力をすることを勧める。
ユルクは息子との口論の後、茫然自失状態となる。マルコは周囲の皆が、革命家としてユルクを堕落させようとしていることに我慢がならない。アンドレアスはマルコの書いた「声明」をマスコミが掲載することを止めさせるために、新聞社に電話をかけ始める。マルコがそれを止めようとするが、皆がマルコを取り押さえ、頭を打ったマルコはベッドに寝かされる。牧師のカーリンは、明朝、テロの犠牲で亡くなった人々のために、ミサを行うことを伝える。
皆が寝静まった後、ユルクはクリスティアーネに弱音を吐く。
「椅子の上でいくら泳ぐ練習をしても、実際水に入れば全然役に立たない。刑務所の中で準備をしていたことが、現実では何の役にも立たないことがよく分かった。」
彼は姉にそう言う。
−日曜日−
日曜日は雨であった。朝早く目を覚ましたイルゼは、自分がユルクを好きになり始めていることに気付く。そして、ヤンの物語をどのように終わらせようかと思案しながら筆を進める。
ヤンは、テロリスト同士の連絡係として世界を飛び歩いていた。ある朝、彼はニューヨークにいた。彼は預かった荷物を仲間に届けるために、ワールド・トレード・センターの上層にあるレストランに行く。そのとき建物に衝撃が走る。人々はエレベーターに殺到するが、エレベーターは停まっている。人々は非常階段に向かう。ヤンも非常階段を下りようとするが、ある階から下は火の海であった。火は次第にヤンのいる階にも迫ってくる。ヤンはガラスを割り、
「俺は飛べるんだ。」
と叫びながら、窓からジャンプをする。
カーリンはミサの準備をしていた。彼女はミサに多くの人が参加することは期待していなかったが、誰一人来ないことを心配していた。果たして、予定の時間になると、家に泊まっている全ての人間が集まった。ユルクとマルコさえも。
ミサの後、皆は黙々と朝食の準備をする。朝食途中、ユルクが立ち上がり、
「我々の『戦い』は最初から勝ち目がなかった。そんな戦いを最初からするべきではなかった。」
と述べる。朝食の途中、ウルリヒがラジオをつける。連邦大統領のミサでの演説があった。大統領は、
「過去を忘れ、新たな敵に立ち向かうために、三人のテロリストに恩赦を与えたが、その中のひとりが早速『戦いの継続』を宣言してきたことは非常に残念だ。」
と述べる。マルコが流した声明が、一部のマスコミで報道されたのだった。それを聞いていたユルクが立ち上がる。彼の口から出た言葉に皆が驚いた・・・
<感想など>
ユルクが属していたと思われる「RAF」(Rote Armee
Fraktion、別名Baader-Meinhof-Gruppe)は、Wikipediaによると、
「一九七〇年代から一九八八年まで活動を行い、二十年以上の活動で主なターゲットにしたのは、西ドイツの政府公共施設、政府関係者、政界関係者、法曹関係者、西ドイツ大企業とくに軍需産業幹部、駐留アメリカ軍で多数の著名ドイツ人を殺害した。」
とある。ユルクも、四人を殺害した罪で刑務所に送られ、本人もそれを認めている。
三十年前にあった出来事が人々の言葉により浮かび上がる。ユルクが巻き添えになった一般人を始めとして四人を殺したこと、彼は隠れ家に現れたところを待ち伏せていた警察に逮捕されたこと、誰かが隠れ家を警察に密告したことなどである。
ユルクのために集まった人々のストーリーの他に、イルゼの書く、ヤンの物語が、副ストーリーとして進む。ヤンはフランスの海岸で自殺したものとして処理された。しかし、数々の不自然な点から、実際は生きていて、新たなアイデンティティーを得て、左翼活動家として、要人の誘拐、殺害などを続けているのではないかと、イルゼは想像する。イルゼの書いていることが、どの程度真実なのか、それとも百パーセント彼女の想像なのかは分からない。
「娑婆」に戻ったユルクが、活動家に戻るのか、平穏な生活を送ることを選ぶのか、興味が持たれる。彼のかつての仲間は、左翼活動から降りて、それぞれの道を歩んでいる。皆、「革命」の不可能なことを知ってしまっているのだ。その中で、唯一、マルコだけがまだ戦い続けている。そして、一人で浮き上がっている。ユルクはどちらの道を選ぶのか、なかなか明かさない。
この物語の底流に流れるものは、姉の弟に対する「愛」であろう。クリスティアーネの弟ユルクに対する愛。彼女は弟を守ろうとして弟を警察に逮捕させ、刑務所に入れる。出所後は、弟のために線路を敷いておきたいと思う。しかし弟はその線路に乗って走ってくれない。
集まった人達の間にも愛が生まれる。マルガレーテとヘナー。ドーレとフェルディナント。ユルクの出所祝いに参加したことは、参加者にとっても大きなイヴェントであったことが表現されている。
読んでいて、この世の中に、いまだに革命を信じている人がいるなんて、信じられない気がした。息子のフェルディナントや部外者のマルガレーテの言っていることが一番常識的のような気がする。マルガレーテはユルクと仲間を「病気」と言い切っている。
「この人達は何か悪いウィルスに冒された病人。」
と彼女は述べる。フェルディナントは、
「かつてのSS(ナチスの親衛隊)のメンバーが集まって酒を飲んでいるところに出会った。彼等もあんたたち(ユルクとかつての仲間)と同じように『あのときのことを覚えているか』と言って、昔話に花を咲かせていた。」
と話し出す。
「何人ユダヤ人を殺したとか、ポーランド人を射殺したとか、娘を強姦したとか。あんたたちの今の会話は、そのSSのメンバーの会話と変わらない。」
「『現実』と『悲しみ』を見ることができないあんたたちは、自分のことしか考えられない、他人を慮れない、結局はナチスと一緒だ。」
と彼は述べる。読んでいて、心の中に蓄積された不満が、この言葉により代弁されたような気がした。
最後の場面はなかなか良い。共同作業により、皆の心がひとつになる。なかなか後味の良い幕切れだった。
延々と続く、イデオロギーについての会話が我慢できれば、なかなか面白く、考えされられる作品であった。
(2013年2月)