修道僧の道案内
動物の世話をする修道僧と下界の景色。
「松の木が生えている。」
とマユミが言う。松の木は乾燥に強いらしく、クレタ島でもオリーブと並んで唯一野性で生えている木であった。
僕:「松の木ばかりが『マツ』じゃない〜、アコリャ、時計を見ながらただひとり〜」
妻:「今度は何なの。」
僕:「まつのき小唄。マヒナスターズやったかな。」
妻:「知らないわね。」
さすがに古すぎて妻も知らない。いちいち唄わなくてもいいっていうのに。
あちこちで立ち止まっては景色を堪能したのにも関わらず、歩き出してから一時間で頂上に着いた。駐車場があり、一台の観光バスと数台の車が停まっている。
頂上に立つ修道院の門を潜る。またまた中国人の団体さんのご入来。ちょっとけたたましい彼らが通り過ぎるのを待つ。修道院の中では、動物を飼っている。黒くて長い服を着て、あごひげを生やした修道僧がヤギ世話をしている。クジャクがその傍を歩いている。時々雲が通り過ぎ、僕たちは雲に包まれる。かなり涼しく、下から歩いて登ってきた僕たちはTシャツでいられるが、観光バスで着いた人たちは皆ジャケットやカーディガンを羽織っている。
最初はまたピルゴスの村に戻る予定だったが、眼下に自分たちの住むペリヴォロスの村や隣のペリッサの町があるのを見ていると、そちらに降りてみたくなった。しかし、そちら側には道路地図に載っている道がない。
「バス代、二ユーロ八十、倹約しない?」
と僕がマユミに聞く。妻は不思議そうな顔をする。
「ペリッサに降りようぜ。」
妻も異存はなさそう。
傍で働いていたひとりの若い修道僧に道を尋ねる。もちろん彼は英語を解さず、僕たちはギリシア語を解さない。
「ペリッサ。」
と僕が言うと、彼は自分の足を指す。
「歩いて行くのか。」
と聞いているらしい。僕も同じように自分の足を指す。彼は僕たちの方に来て、道を示してくれた。
道というより、岩の間にわずかに踏み分けられたルートを辿って下りていく。途中、絶壁に突き当たり、また引き返す。ピルゴスを出てから、頂上に観光バスで来た人たちを除けば、全然人に会わない。岩だらけの小径を降りている途中、カマリ・ビーチから登ってきたという単独行の若いお姉さんと初めて出会った。
道なき道を降りて行く。