今はもう秋誰もいない海
クレタ島で海に面した部屋だったが、今回はベランダから山の見える部屋。
サントリーニ島は、三日月形の島で、全長三十キロ、幅が広いところで五キロくらいしかない。火山島であり、それゆえに他のエーゲ海の島々とはまた違った独特の景観が楽しめるとのことである。小さい上に、山が多い。こんな島によく千五百メートルの平地を確保し、空港と滑走路を作ったものだと思う。
飛行機を降りる。そんなに暑くない。半袖ではいられるが。気温は二十度をわずかに越えた程度。実に気持ちの良い気候である。旅行会社のバスで、宿に向かう。バスが坂の頂上に達すると、そこからカルデラが見える。サントリーニ島の西側は、火山の噴火で落ち込んだ窪地(カルデラ)になっており、絶壁が続いている。道は細いカーブの連続。後ろの小さな女の子がそのカーブに耐えられずにゲロゲロとやりだし、その匂いでこちらまで気分が悪くなってきた。
バスは途中で客をそれぞれのホテル、ペンション、アパートに降ろしていく。アンディという名の「レプ」(おそらくレプレゼンタティブ、現地代理人の略)が、島の様子、島の生活について説明をしている。
「トイレは水洗だけど、トイレットペーパーは流さないで、備え付けのバケツに入れてください。」
と彼は言っている。
午後四時半に僕たちのペリヴォロスという村にあるアパートメント、「オリンピア」に着く。バスを降りたのは僕たちふたりだけである。出迎えに出てきた宿の親爺が、部屋に案内してくれる。二階の山の見えるこじんまりした部屋。六月に泊まったクレタ島の高級アパートから見ると、かなり落ちるが、夫婦ふたりが一週間生活するには十分そう。
五時ごろから、妻とふたりで海岸沿いを、ペリヴォロスから隣町のペリッサに向かって歩いてみる。日陰を歩くと涼しい。気分がすっきりして、長旅の疲れが取れる。右手には海水浴にもってこいの海岸が延々と続いている・・・が、人影は驚くほど少ない。
「今はもう秋、誰もいない海〜」
思わず歌ってしまう。どうも、七十年代の古い歌ばかりが頭に浮かんでくる。典型的「おじさん」なのである。
妻が「カルデラ」という言葉を知らなかったので、
「火山の爆発の後、火口の周辺に出来た窪地のこと、日本では『阿蘇』のカルデラが有名である。」
と説明する。
妻:「ふーん。」
僕:「あのね、もう少し気の利いた返事があるやろ。」
妻:「あ、そう。」
僕:「なかなか飲み込みがよろしい。」
暖かくて、まだまだ泳げるのに、誰もいない海。