ハリー・ポッターと混血の王子

Harry Potter and the Half-Blood Prince

2005

 

 

<はじめに>

 

 これまで、書評こそ書かなかったが、「ハリー・ポッター」シリーズは、本も全部読み、映画も全作見ていた。うちの子供たちの影響が大きいのであるが。正直言って、最近のものは長い。英語で六百ページ。子供向けの本でこの長さ。最新刊は読むのに一ヶ月以上かかった。これを発売された当日、一日で読んでしまった子供がいるという。ネイティヴ・スピーカーはやはり違う。

 

 

<ストーリー>

 

 人間界では、天候不順や、橋の崩壊など原因不明の災害、そして謎の殺人事件などが続発し、英国の首相は頭を痛めていた。ある夜、魔法界の大臣であるフッジが首相を訪問する。フッジは最近人間界(魔法界から言うと「マグル」の世界ということになるが)で起こっているそれら出来事が、二年前に復活した「闇の将軍」ロード・ヴォーデモートの仕業であることを告げる。フッジ自身も、その責任で大臣辞職に追い込まれ、後任として、スクリムガーが新たに大臣に就任していた。

 ヴォーデモートは、ハリー・ポッターのホグワース学校で同級生であり、ハリーの「天敵」でもあるドラコ・マルフォイを使って、「あること」を企てていた。ドラコの母親ナルシサは、息子の身を案じ、密かにホグワース学校の教授であるセヴェラス・スネイプを訪問、息子を保護してくれるよう頼む。スネイプもそれを承知する。

 例によって伯父母、ダースレイ家で退屈な夏休みを過ごすハリーの元に、ホグワース学校の校長、ダンブルドーからの手紙が届く。その手紙によると、ダンブルドー自らがハリーを連れにダースレイ家を訪れるという。果たして、深夜ダンブルドーはダースレイ家を訪問し、ハリーを連れ出す。ダンブルドーは片手を負傷していた。

ふたりは、ホグワース学校の元教授、今は引退の身のホーレス・スラグホーンを訪れる。ダンブルドーはスラグホーンに対し、学校に戻り、再び教職に就くことを薦める。最初は固辞していたスラグホーンだが、ハリーと話すうちに、学校に戻ることに承諾をする。

ハリーは残りの夏休みを、ウィーズリー家で、ロン、ハーミオーニ、ロンの妹のジニーたちと過ごす。休暇の最後の日、ハリーたちは教科書を買いに商店街ディアゴン・アレーに行く。閉店した店が多く、街は寂れていた。ハリーたちは、ドラコが古道具屋で何かの修理を頼んでいるのを目撃する。

 九月に入り、ハリーたちは学校に戻るため、「ホグワース・エクスプレス」に乗る。前回のヴォーデモートとハリーの対決の後、ふたりの間には「ハリーとヴォーデモートはどちらかが倒れ、どちらかが生き残るまで戦う」と言う「予言」が存在していた。それはごく一部の人々にしか知られていないはずであったが、「ハリーがヴォーデモートを倒すことができる唯一の『選ばれた者』である」という噂が流れていた。そのせいで、ハリーは前にも増して、他の生徒たちの注目を集めることになる。車中、ハリーは「姿を隠すマント」を着て、ドラコの車室に侵入する。そして、ドラコがヴォーデモートから何か重要な使命を与えられていることを、取り巻き連中に吹聴していることを盗み聞く。

 新学期が始まる。学校では、ヴォーデモートとその手下であるデス・イーターから生徒を守るために、校長ダンブルドーにより、数々の警戒措置が取られていた。新任のスラグホーンは「ポーション」の授業を担当することになった。これまで「ポーション」を担当していたスネイプは「邪悪な魔法に対する自衛術」の授業を教えることになる。最初のポーションの授業の際、教科書を持っていなかったハリーは、学校に備え置かれていた教科書を借りる。その教科書には、前の持ち主により、沢山の役に立つ書き込みがしてあった。その書き込みから、ハリーは色々な「こつ」を学び、ハリーはポーションでの授業で、一躍クラスのトップに踊り出る。その結果、ハリーはスラグホーンのお気に入りの生徒となる。ハリーが借りた書き込みだらけの本、そこにはかつて持ち主として「混血の王子」(Half-Blood Prince)という署名がしてあった。

 ダンブルドーはハリーに対して特別の「課外授業」を課す。ダンブルドーは近い将来はリーがヴォーデモートと対決することを予測し、ハリーのできる限りの知識を授けようとしたのである。ダンブルドーの「課外授業」は奇妙なものであった。記憶のエッセンスを溶かすことにより他人の記憶の中に入っていける器「ペンシーヴ」を使い、ヴォーデモートを知る人々の過去の記憶の中に入って行く。そして、その中に語られるヴォーデモートの性格、行動を分析して、彼の弱点を探ろうというものであった。

 ダンブルドーとハリーは先ず、政府の役人ボブ・オグデンの記憶に入る。オグデンは、記憶の中で、森の奥の朽ち果てた家に住むスリザリン(ホグワース学校の創始者のひとりである強力な魔法使い)の直系の子孫であるという一家を訪れる。その一家には器量の悪い一人娘、メロープがいた。彼女がヴォーデモートの母親であった。メロープは人間の若者、トム・リドルに恋をしていた。メロープは「ラブ・ポーション」(媚薬)を使い、トムの歓心を得て身ごもる。しかし、トムは彼女を捨てる。彼女は、家を出、生活に困り、先祖代々伝わってきたロケットをわずかな金に換え、男の子(後のヴォーデモート)を産む。母親は出産と同時に死亡、残された男の子、トム・リドル・ジュニアは孤児院で育つことになる。

 ハリーは人間関係に悩んでいた。クイディッチチームのキャプテンとなった彼は、セレクションの結果、ロン、ジニーの兄妹をチームに入れる。しかし、親友とその妹を選手として選んだことで、彼は選ばれなかった者たちから「贔屓」ではないかと疑惑の目で見られる。ロンの妹ジニーは、ディーンという男と付き合い始める。ロンは妹が自分の目の前で男とキスをしていることに逆上、兄妹は不和となる。ハリーもジニーにボーイフレンドができたことに対して、何故か心穏やかではない。ロンは妹に対抗するように、ラヴェンダーという女性徒と付き合い始め、今度はそのせいからか、ハーミオーニとロンが仲たがいを始める。

 ダンブルドーの個人レッスンは続く。二回目も過去の記憶への旅であった。今回は、ダンブルドー自身の記憶を追う。若き日のダンブルドーはトム・リドル・ジュニア(ヴォーデモート)の住む孤児院を訪ね、彼にホグワース学校へ来ることを勧める。既に自分の特異な能力に気づいていたトムはそれに同意、ホグワースへ通うことになる。彼は、他人を信用しない、一匹狼的な少年へと育っていく。

 次の記憶はヴォーデモートの母、メロープの兄の記憶である。ヴォーデモートはある日、森の中の母の生家を訪れ、兄から自分の出生の秘密を知る。彼は、自分と母を捨てた父、トム・リドル・シニアと、その両親を殺害、その罪を自分の伯父に被せて立ち去る。      

 次なる記憶は教授スラグホーンのもの。彼は当時、ホグワース学校で「ポーション」を教えていた。授業の後、トムがスラグホーンに質問をする。それは「ホルクラックス」についてのものであった。しかし、その記憶は、不自然な形で終わっていた。スラグホーンが、自分にとって都合の悪い記憶を消し去っていたからである。ダンブルドーは、その消し去られた部分こそが、ヴォーデモートの秘密を解明する鍵であると述べる。そして、ハリーにそれが何であるか探り出すように命じる。

 ハリーはダンブルドーから与えられた課題を気にしながらも、それを実行する機会がない。自分の率いるクイディッチチームが崩壊の危機に瀕していたからである。ロンの自信喪失、仲間割れ、自ら罰を食っての不出場、グリフィンダーチームは対抗戦で最下位になる不名誉さえ孕んでいた。

 世間では次々と、殺人事件が起こっていた。その手が、ホグワースにも伸びてくる。一人の女の子が、外出日の帰り道、何者かに渡された「呪われたネックレス」に触れ重態となる。ロンもスラグホーンの部屋で出された毒入りワインで危うく命を落としそうになる。ハリーはそれがドラコの仕業であると推理し、常にドラコの居場所を「魔法の地図」で追う。ドラコは「予備室」(リクワイヤメントルーム)と言う秘密の部屋に篭って、何かの作業をやっているようであった。ハリーはその部屋への侵入を何度も試みるが成功しない。ハリーはスネイプが密かにドラコを助けているのではないかと疑う。その疑問をダンブルドーにぶつけるが、ダンブルドーのスネイプへの信頼は変わらない。

 ハリーはついにスラグホーンから「失われた記憶」を得ることに成功する。それは、皮肉にも、スラグホーン自身が、良い成績の「ご褒美」としてハリーに与えた「幸運をもたらす薬、フェリックス・フェリシス」を使っての成功であった。ハリーは早速、それをダンブルドーにもたらし、一緒にスラグホーンの「失われた記憶」を辿る。

 再び、スラグホーンの記録。彼は、授業の後、トム、後のヴォーデモートに「ホルクラックス」についての質問を受けている。それは、自分の「命の素」を生前に別の物体に移しておき、自分の肉体が滅びた後も、別に保存された命の素から、肉体を再生できるという術であった。それは、人をひとり殺す度にそなわる力である。ヴォーデモートはこれまで七回の殺人を犯し、合計七つのホルクラックスを作っていた。一つはヴォーデモート自身が復活に使用、ひとつは「日記」でハリーが破壊、もうひとつは片腕と引き換えにダンブルドーが破壊をしていた。残るは四つである。

 ダンブルドーは、それをひとつずつ破壊していくことが、ヴォーデモートを倒す唯一の道であり、それをできるのはハリーだけであると言う。ハリーは、今後、積極的にヴォーデモートと戦うことを決意する。

 

 

<感想など>

 

 まず良く分からないのが、何故、ダンブルドーほどの賢明な人物が、ダブルエージェント、二重スパイであるスネイプを重用し、信用しているのかと言うこと。これには何か裏がありそうな気がする。そして、最後の巻でそれが明らかになるような。

 ダンブルドーの作戦、それは「敵を知ることが敵に勝つ最も有効な方法である」ということである。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と兵法家の孫子も述べているではないか。遠回りだが、強い敵に対するには確実な方法なのであろう。

メンシーヴという、石でできた器が登場する。この器の中の水に、いろいろな人物から抽出した記憶のエッセンスを入れて溶かすことにより、その人物の記憶の世界の中に入って行ける。ダンブルドーは今回、この装置をフルに活用する。ヴォーデモートの過去を知る人物から集めた記憶をそこに注ぎ、それをハリーとともに追体験する。素朴な疑問として、ペンシーヴに注ぎ入れた記憶のエッセンスは、もう再利用をできないのであろうかと、思ってしまった。いずれにせよ、いろいろな魔法が登場する中で、今一番私が欲しいものはこのペンシーヴである。こんなものがあれば、裁判も随分楽になると思う。裁判長や陪審員が、犯人や証人の記憶の追体験をできるのであるから。

ダンブルドーは、基本的に、ハリーにはヴォーデモートに負けない能力があると信じている。それは「愛の力」である。この辺りが、全作品を通じてのテーマであろう。

「でも、僕は特殊な能力や力がない。」

そんなハリーの問いに答えて、ダンブルドーは断言する。

「いや、君にはそれがある。ヴォーダモートがこれまで持ったこともない力を君はもっている。それは・・・」

「先生、分かってます。僕は愛することができるということでしょう。」

476ページ)

 

 ハリー、ロン、ハーミオーニのお馴染みのメンバーもいよいよ思春期を過ぎ、大人の領域へと入ってきた。当然、恋愛もそこに登場することになる。私はこれまでずっと、ハリーはハーミオーニと結ばれると予想してきた。特に理由はない。子供向けの比較的単純な筋なら、ヒーローとヒロインが結ばれると思っただけである。しかし、今回出来上がったカップルは少し意外であった。ハリーの相手はまあまあ想像の範囲だが、ハーミオーニの相手は、完全に予想を覆されたという感じ。愛憎と嫉妬というテーマが今回この小説に加わる。

スラグホーン先生。この人物は果たしていい人なのやら、悪いひとなのやら。やたらと生徒を贔屓する。特に、実力者の息子や娘、将来大物になりそうな賢い子供たちを贔屓し、その人間関係を自分のために利用していく。ヴォーデモートから逃げ回っていたが、その理由が、最後に分かる。

ハリーが「選ばれた者」であると予言されているという噂がたち、彼が生徒たちの注目を浴びるという点。何を今更という感じがする。これまで、ハリーは、ヴォーデモートと何度も対戦し、「三カ国対抗魔法試合」(Tri-Wizard Match)にも年齢枠を超越して出場し、完全に他の生徒から抜きん出た存在であった。それが今更ながら「選ばれた者」ということで噂になるというのは、ちょっと不自然な気がする。

 

英国の学校制度を知らない人には、ハリーたちの立場が分かりにくいのではないかと思った。ハリー、ハーミオーニ、ロンが夏休み「OWL」(Ordinary Wizard Level)の結果を緊張して待つという場面がある。英国の学校制度では、小学校が五年間。その後、中学校に五年間通った時点で「GCSE」という義務教育終了時のテストを受ける。この「GCSE」は一昔前までは「O-Level」と呼ばれていた。それがハリー達の受けた「OWL」はその「O-Level」のもじりである。「GCSE」でいい結果を取ったものが、「Sixth Form」という、大学受験の予備課程に進む。そこでは、将来の大学受験に備え、限られた科目だけを勉強する。その後、日本で言うところの「センター試験」に当たる「A-Level」を受け、その結果によって、進む大学が決定するのである。と言うことで、十七歳になったハリー達は、一応、義務教育は終えたわけである。そして、彼らが受ける授業の科目の減ったのも、その理由から。ハグリットの「魔法動物の飼育講座」を誰も取らなくなり、彼は寂しい思いをすることになる。

 

ヴォーデモートは登場しない。今回はハリーの学校での天敵、ドラコ・マルフォイがヴォーデモートの手先として、秘密の使命を学校で実行する。

これまで、ハリーは何度かヴォーデモートと戦ってきた。しかし、どちらかと言うと、だんだんと引き込まれ、最後にはしぶしぶ戦わざるを得なくなって・・と言うパターンが多かった。しかし、次回から、それは変わるであろう。彼は、今後は、誰にも頼らず、自分から戦いに挑むことを決心する。もうホグワースには戻らないとも。従って、次に発行される最終話がホグワースを舞台にしているかどうか、定かではない。

 

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