お姉さんのおしっこ、そしてアメリカ国歌

 

 レース前日の土曜日になっても、時差ボケは回復せず、食欲もない。午前中にNさんと買い物に出かけたが、フワフワと雲の上を歩いている感じ。Nさんにも、

「何となく辛そうですね。」

言われてしまった。

 土曜日の午後僕はまた眠った。Nさんによると鼾をかいて眠っていたそうだ。夕方目が覚めると、身体が幾分楽になっていた。風呂に入り、夕食を作り、アストロズ対ブレーブスの試合をテレビで見ながらNさん夕食をとった。明日はレースだが、まあいいかと言う感じで日本酒もチビチビやりながら。

「体調が悪けりゃ、記録を狙うのは諦めて、完走を目標にゆっくり走ればいいや。」

そう思うと少し気が楽になった。そして、九時半頃にはまた眠ってしまった。

 日曜日の朝、三時半に目が覚めた。身体は結構シャキッとしている。マラソンのスタートは午前八時。日曜日の早朝は「メトラ」が走っていないので、Nさんに地下鉄の駅まで車で送ってもらい、そこからダウンタウンまで地下鉄で行く手順になっていた。五時頃に朝食。ご飯、味噌汁、梅干、納豆。レースの前にこんなものが食べられるのは本当に嬉しい。五時半にNさんが起きてきて、車で地下鉄の駅へ向かう。

「日曜日の朝五時半に叩き起こすような変な趣味を持った友人を持って、Nさんも大変ですね。でも、夜中に忍んでいくようなそんな変な趣味じゃないですから。」

僕は車の中でNさんに言った。

 地下鉄ブルーライン、ローズモンド駅。日曜日朝六時。まだ真っ暗。こんな時間に地下鉄を利用するのはマラソン出場者しかいない。町に近づくにつれて電車が混んでくるが、皆、「シカゴマラソン」と書いたプラスチックの袋を持っている。袋にはゼッケンと同じ番号のタグが付いている。ランナー達はジャクソン駅で下車、スタート地点へ向かって歩く。辺りはようやく明るくなり始めていた。ビルの合間に見えるミシガン湖がオレンジ色に染まっている。気温は十度くらい、曇り空で風もない。申し分のない天候だ。

午前七時五分スタート地点に到着。既に何千人もの人が集まっている。まだまだ時間があるので、芝生の上でストレッチングを始める。すぐ傍の木の根元に、若いお姉さんがしゃがんでいる。あれっと思って見ていると、彼女は、ランニングパンツの股の部分を横にずらせた。そして、足元に水溜りが・・・うわっ、きれいな女性の放尿、朝からすごい物を見てしまった。ひょっとして今日はついているのではないだろうか。

七時半、着ているものを袋に詰め、テントに預け、スタートの柵の中に入る。僕は今年ハーフマラソンで結構良いタイムを持っているので、スタートは招待選手のすぐ後ろだ。スタート十分前、アメリカ国歌が流れる。騒いでいた連中もその時だけは静かになった。僕自身、アメリカ国歌を何度も聞いたが、あんなに厳粛な気分になったのは初めてだった。きっと、その時、自分が「見る側」ではなく「やる側」だったからだと思う。

 

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