明日の天気
土曜日の午後、空港の建物から外に出た僕は、思わず「グワッ」と叫んでしまった。暑い。それに湿気もある。数年前シンガポールに行った。空港に着き、一歩外に出たとき、湿気をたっぷり含んだ熱風に包まれ、その圧迫感に、息子と一緒にやはり「グワッ」と叫んだ。シンガポールほどではないにしても、その日のデュッセルドルフは湿度が高かった。
「こんなんでマラソン走らんならんのんやろか。」
僕は京都弁で呟き、ため息をついた。日本の夏を考えると、天国のような気候なのだが、長年のヨーロッパ暮らしで、僕の身体中の汗腺の数は、確実に減少していた。いずれにせよ、気温が二十五度を超えると、マラソンは辛い。
今年のヨーロッパ、八月に涼しかったくせに、九月に入ってからは、連日三十度近い日が続いていた。涼しい気候にノホホンとしていた僕は、九月に入ってからの気温の上昇にちょっと焦った。泥縄の感はあるが、「暑さ対策トレーニング」と称し、夕方、まだ二十八度近い気温の中、長袖のTシャツの上に、防水のウィンドウブレーカー、下は長いタイツをはいて走った。一時間走った後、Tシャツを脱ぐと確実に一リットルの汗が搾れて、地面に大きな水溜りができた。(その水分はすぐにビールで補填されるのだが。)
翌日は少しでも涼しくなることを期待しつつ、僕はゼッケンを取るために電車でケルンへ向かった。ゼッケンと、荷物を預けるための袋は、当日の朝でも貰えるのだが、朝に慌てないためにも、前日に貰っておくのが常道。電車の隣の席には若いカップルが座っていていた。男性が明日走るので、これからケルンにゼッケンを取りにいくところだそうだ。
「最近の天気はどう?」
と彼らに聞いてみた。ドイツも九月に入ってずっと暑く、毎日三十度を超えていたと言う。
「昨日雨が降ったので、今日は、これでもちょっと涼しいほう。明日は、もう少し涼しくなるという予報。」
と彼らは言った。期待しすぎて裏切られるとガックリくるから、僕は、ゆっくり行こう、そうすれば暑くても何とかなるだろう、と自分に言い聞かせた。
ケルン・ドイツ駅で電車を降り、駅の向かいのメッセ会場でゼッケンの入った封筒と、荷物を入れるための大きなビニール袋を受け取る。白いビニール袋には「フォード・ケルンマラソン」と印刷されており、僕のゼッケン番号を書いたシールが貼ってある。
僕はメッセを出て駅に戻り、デュッセルドルフ行きの電車を待った。僕と同じ白い「マラソン袋」を持った老若男女が、プラットホームに大勢いた。電車を待つ間も、僕は何回か空を見上げた。霞のかかったような白い空から、陽光が差していた。
午後六時前、僕はその日泊めて貰うことになっている、ドイツ人の友人、デートレフ家に着いた。彼はノイスという町に住んでいる。
「明日は二十五度くらいだってさ。」
と彼は開口一番僕に言った。うーん、やっぱり覚悟が必要だ。