シンプルな生活とは
ソロモンのネコ。皆細い。
父:島での生活が随分気に入っていたみたいだけど、特にどこがよかったの?
娘:全てがシンプルなの。
父:もう少し具体的に言うと?
娘:例えば町でパンを買いにパン屋へ行くでしょ。白くて四角い食パン、一種類しか売ってないの。それを買うしかないのよ。英国や、日本だったら、色々なパンが並んでいて、どれを買おうかって悩むじゃない。そんな悩みがないのね。それって気楽で良いものよ。
父:なるほど、選択肢がありすぎると、迷ったり悩んだりするから、選択肢の少ない生活の方が、かえって楽かも知れないね。他には?
娘:人々の感情もシンプルなの。「喜び」と「悲しみ」の二種類しかなくって、とてもストレートなの。そんな人たちと一緒に暮らしていると、自分もそれに影響されてくる。英国に住んでいると、学校の勉強や、友達付き合いのことで、色々考えたり悩んだりすることが多かった。村に住んでいると、英国で普段自分が考えていたこと、悩んでいたことが、取るに足らない、つまらないことに思えてきたわ。
父:なるほど、村での生活と、村人が、スミレの人生観も変えてくれたわけだね。
娘:それと子供たちね。村には沢山の子供たちがいつもわたしの周りにいたの。子供たちと過ごすことが、あんなに素敵だとは思っていなかったわ。ロンドンの家の周辺では、あまり子供たちって見ないでしょ。子供が少ないのもあるけど、いても家の中に閉じこもって、表に出て来ないんでしょうね。ソロモンの子供たちは、目がキラキラと輝いていて、当たり前だけど「子供らしくって」、好奇心に富んでいて、それでいてシャイで、気持ちが良いの。彼らと一緒にいると、心が洗われるような気がしたわ。
父:ふーん。それこそ子供の本来の姿だろうね。
娘:でも、子供たちに「動物を可愛がろう」「動物愛護」って観念がないのね。動物を単なるオモチャとして扱ってしまうの。ホストファミリーの男の子たちがコウモリを捕まえたけど、紐をつけて飛ばして遊んでいるうちに殺しちゃった。また、リツコさんのネコも、子供たちが遊んでいるうちに殺しちゃったし。
父:なるほど。と言うことは、「動物愛護」の精神っていうのは、後天的に教育によって作られるもので、人間の本能ではないのかも知れないね。なかなか興味深い。
娘:それと、テレビも新聞も雑誌もないから、宣伝、広告に触れる機会がないの。わたしたちは広告に取り囲まれているでしょ。何か新しいものが売り出されて、それが宣伝されると、それが欲しいと思うし、それが手に入らないと悲しい気持ちになるわ。そんな誘惑をする広告がほとんどないということも、村の人が心穏やかに生活できる原因かも知れないわ。
父:なかなか鋭い分析で畏れ入りました。
娘:へへへ。それほどでも。
村の子供たちに囲まれて。