ポヨ子さんの手記、星空

 

村にはいつもリラックスした雰囲気が漂っている。

 

 夕食が済んでから、夜のミサが始まるまでに少し時間があった。午後のミサは女性オンリーだったが、夜のミサは男性も参加していいことになっているらしい。いつものことだが、人々はリラックスして、村のあちこちに集まって腰をかけている。わたしは教会の屋根の下にいた。

隣にジョエルという男性がいた。話しかけてみる。二十七歳だという彼は、これまでわたしが出会った誰よりも、穏やかで他人に安心感を与える、教会の壁に架かっているキリストのような顔をしていた。彼は今失業中だと言った。おそらくまだ両親と一緒に住んでいるに違いない。彼と少し話を始めたが、会話を続けるのはいつものように難しい。彼がわたしと話すのを嫌がっているのではない。話題が進展しないのだ。

普段わたしは自分の学校の友達と話をする。もちろん学校や授業のことについての話が多いが、たまには最近思っていることや、最近読んだ本のことなどが話題になる。お互いに、ちょっと見栄を張り、知識をひけらかしている部分はあるかもしれない。とにかく自分の思っていることを積極的に相手に伝えようという、自分の状態がどれだけ深刻かを相手に伝えようとする、そんな会話にわたしは慣れていた。

しかし、ここ、ソロモンでは会話の内容が全然違う。そもそも人々に間に深刻な会話、自己主張というものがないのだ。村人の話す会話の内容と言えば、天気のこと、作物の出来のこと、町に出たときのことなど。人々は基本的に現状に満足していて、細かいことを斟酌しない。そして、わたしがちょっと深刻な方向へ会話向けると、会話の相手はわたしからスルリと逃げてしまう。

わたしがジョエルに、彼の暮らしについて、今何をしていているのか、今後のプランについて質問したときも同じだった。彼は空を見上げて言葉を捜していた。それは、学校でわたしに質問された男子生徒が、どう答えていいのか苦しんでいる姿とよく似ていた。

あたりはだんだんと暗くなり、空には星が輝きだした。ジョエルとの会話は続かないが、少なくとも彼と一緒に星を眺めることはできた。田舎で眺める星空がどんなに美しいかを何度も聞いたことがある。若い頃山登りの好きだった父は、山の上で眺める星空の美しさについてわたしに何度か話をしてくれた。そして、ソロモンで見る星空は、本当に美しかった。空を埋める何千という小さな輝く点々、それは普段からそれを見慣れている人間にとっても、滅多にみることのできない人間にとっても、同じように美しい。

夜のミサが始まった。今度は男性と女性の両方で、教会の中は一杯だ。そして、滅多にないことだが、発電機が回され、村に電灯が点いた。そして、これも滅多にないことだが、バンドが来て音楽の演奏があった。わたしは正直、ミサの最中眠くてしかたがなかった。

その日の夜、わたしはリツコさんの部屋に泊めてもらった。明日の朝が早いので、ふたりとも早く床に就いた。眠ろうとしているわたしの耳に、まだ村人の歌声と、バンドの演奏が聞こえていた。

 

川で蟹を獲っている親子。

 

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