心電図を撮って
英国には一九四八年に発足した、NHS(国営医療制度)という「世界に誇る」制度がある。基本的にNHSを利用すると医療は無料。貧乏人でも、お金の心配をすることなしに医療が受けられるという、大変結構な制度である。しかし、近年、NHSは慢性的な設備不足、スタッフ不足に悩んでおり、手術や治療の遅れが大きな問題になっている。命に別状にない人工関節の手術など、一年も待たされると言うのである。待っている間に病気が治ったという話は滅多に聞かず、待っている間に手遅れになったという話ばかりが伝わってくる。金持ちは、NHSを信用せず、プライベートの医療設備を利用することが多いようだ。私も、NHSは今ひとつ信頼しておらず、できれば設備も良くて待ち時間も短い、そして看護婦も綺麗な人が多い、プライベートの病院で治療を受けたいと思っていた。
ともかく、私の話を聞いたロイド医師は、すぐに病院へ行き心電図を撮るように手配してくれた。紹介状を持って、今日中にエッジウェア・コミュニティー病院へ行くようにということである。どうして、循環器系が突然ブレークダウンしたのか分かるかと尋ねると、
「あなたはこれまでも不整脈があったし、同じタイプでちょっとひどいのかも知れない。」
とロイド医師は言った。これまでは不整脈が出ても放っておいたら数日で治った。今回も、その程度で済んだらいいのにと、密かに期待をする。
私は、紹介状を持って、家から一キロ半ほど離れた病院に出かけた。ちょうど昼休みで、心電図の再開は午後二時からとのこと。整理券をもらって、カフェテリアで本を読みながら待った。二時半に心電図を撮る。撮った後の心電図を、看護婦が不思議な顔をして眺めている。彼女は一度外に出て行き、一分後にまた現れ、「ペースメーカー」を使っているかと聞いた。(マラソンでは使ったことがあるけれど)使っていないと言うと、彼女はまた出て行った。戻った彼女に、専門医が会いたがっているので、一緒に来るように言われた。
看護婦に示された部屋に入ると、「ナニワ金融道」に出てくる金貸しのおやっさんを思い出させる男性が座っていた。粗いストライプの紺色のダブルの背広、派手なネクタイ、テカテカの赤ら顔、ピカピカに磨き上げた靴。思わず「この人堅気なんやろか」と思ってしまう。ともかく、彼が「カーディオロジー」(心臓病科)のドクターであった。
「きみの心臓、電気信号が正しく出ていない。すぐに精密検査を受けなければいけない。」
彼はそう言った。いきなりそう言われても、次にどのような行動を取れば良いのか、具体的に指示がないと困ってしまう。
「できれば、プライベートで治療を受けたいと思います。明後日、GPとアポイントメントがあるので、担当医と相談して、今後どうするか決めます。」
私はそう言って、席を立とうとした。
「緊急だからね。それと、運動と、仕事をしちゃいけないよ。」
医者は私にそう言った。もっと時間がかかると思っていたのに、今日中に専門医まで会うことができた。でも、ひょっとして、それだけ自分が重病なのだろうかと、心配になってきた。