「雪ダルマ」

原題:Snømannen

ドイツ語題:Schneemann

2007年)

 

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<はじめに>

 

 この物語、英語への翻訳は米国でも英国でも結構売れて、ベストセラーになっていた。オスロ警察署の「はみだし刑事」、ハリー・ホーレ・シリーズの第七作。今回、ハリーはパートナーのラーケルに愛想をつかされたが、美人の同僚カトリーネを得て、ちょっと張り切っている。しかし連続殺人事件の犯人、通称「雪ダルマ」が誰であるのか、次々と候補者が現れ、引き込まれる本である。

 

<ストーリー>

 

一九八〇年初冬、ノルウェー。男と女がベッドの上で抱き合っている。女は夫と子供のいる身であった。女が外を見ると、誰かの顔が見える。一瞬驚いて、女は窓の外を見るが、それは庭に作られた雪ダルマの顔であった。

 数十分後、女は身繕いをして外に出る。車の中では、彼女の息子が待っていた。

「さあ、おうちのパパのところに帰ろう。」

そう言って彼女は雪の中、車を発進する。ラジオでは、ジミー・カーターに代わり、ロナルド・レーガンが米国の大統領になったことを告げていた。そのとき、息子が言った。

「僕達はこれから死ぬんだ。」

 

二〇〇四年、オスロ警察の刑事ハリー・ホーレは朝起きてラジオをつける。彼は最近受け取った奇妙な手紙のことを考えていた。これまで嫌がらせの手紙を受け取ることはあったが、その手紙はそれにしても奇妙な内容だった。彼は、パートナーのラーケルと別れ、独りで暮らし始めていた。ラーケルには新しいボーイフレンド、医者のマティアスがいた。

ラジオではベーリング海に住むトドが話題に上っていた。トドは繁殖期が終り、子供がある程度成長すると、オスがメスを殺してしまうという。その後、人間の話に変わり、スカンジナヴィアでは、五人にひとりの子供が、一般的に信じられている以外の父親を持っている、つまり、母親の不倫の子であるという統計が紹介された。

出勤したハリー。ラジオでは、ジョージ・W・ブッシュが米国の大統領に選ばれたことに対して、アルヴェ・ステップというジャーナリストがコメントを述べている。会議の席で、ハリーは上司のグナー・ハーゲンから、新しい女性の同僚カトリーネ・ブラットを紹介される。彼女はこれまでベルゲンの警察署で働いていたが、このほどオスロに転勤になったのだった。美人のカトリーネにハリーは少し心を動かされる。

ハリーは受け取った匿名の手紙には、

「初雪が降る頃、雪ダルマが現れ、融けるときに人を道連れにする。」

という詩のようなものが書かれていた。そして、「ムリー」という名前が述べられていた。「ムリー」とは、ハリーがオーストラリアで対決した連続殺人事件の犯人、トゥーウーンバのニックネームで、ハリーの他には誰も知らないはずの名前であった。

ハリーは過去の事件を調べてみて、不思議なことに気付く。ここ十年、毎年初冬の初雪が降る頃に、必ず女性が失踪しているということを。また失踪した女性には必ず夫と子供があり、失踪した女性は発見されることがないという事実を。彼は、その件を捜査するために捜査班を作りたいと、上司のグナーに申し出る。グナーは、五人だけのチームでしかも二週間だけという条件で、ハリーが捜査をすることを許す。そのチームの中にはカトリーネも入っていた。

ビルテ・ベッカーという女性が、夫と息子を残して行方不明となる。ハリーとカトリーネはベッカー家を訪れ、夫のフィリプと息子のヨナスに会う。夫は、最近妻の態度や行動に特に変化もなく、妻の衣類や持ち物も何一つ持ち去られていないと告げる。しかし、変わったことがひとつあった。彼等の庭に雪ダルマが作られていて、そこにビルテのマフラーが巻きつけられていた。ハリーはその雪ダルマの中に、行方不明になったビルテの携帯電話を発見する。

同じ日の夕方、もうひとりの女性、シルヴィア・オッターセンが行方不明になったという知らせが入り、ハリーのチームはオスロ郊外の森の中にある、オッターセン家に向かう。シルヴィアは鶏を屠るために小屋に行き、そこで行方不明になっていた。シルヴィアには夫と双子の娘がいた。鶏小屋には、首を切られた鶏が三羽横たわっていた。ハリーはその鶏小屋の近くの森の中に雪ダルマを見つける。そして今回は、雪ダルマの頭として、切り取られたシルヴィアの頭が乗せられていた。

「雪ダルマ殺人事件」として、世間は騒然となる。署長のグナーは、ハリーの捜査班の増強を提案するが、ハリーはそれを拒否して、五人だけ捜査を続けると主張する。検死の結果、シルヴィアの首は、高熱を発するワイヤーが張られた、特殊な動物解体用のノコギリで切断されたことが分かる。

ハリーは行方不明になったビルテ・ベッカーの息子と、シルヴィア・オッターセンの双子の娘が、同じ医者を訪れていたことを見つける。不思議なことに、妻と子供達が医者を訪れていることを、ふたりの夫は知らなかった。ハリーはビルテとシルヴィアの子供たちが診察を受けていた整形外科医、イダー・ヴェトレセンを訪れ、ビルテとシルヴィアがどのような問題で彼を訪れていたかを尋ねる。ヴェトレセンは医者の守秘義務を盾に証言を拒否する。しかし、ハリーとカトリーネはヴァトレセンが売春宿に出入りをしているという事実をつきとめ、それをネタに証言をさせる。ビルテとシルヴィアは、自分の子供が特殊な遺伝性な病気ではないかと疑い、子供達をヴェトレセンに連れてきたのであった。ヴェトレセンは、自分がその遺伝性の病気の権威であると述べた。

過去の事件を分析していくと、毎年初雪の降る頃に、女性がひとりずつ行方不明になっている。今年は一人が行方不明になり一人が殺されたが。カトリーネは、「雪ダルマ」による最初の犯行は、一九九二年ベルゲンであると主張する。ベルゲンで二人の女性が死体で見つかり、そのふたりの家の近くで目撃された警官、ゲルト・ラフトがその後行方をくらませていた。カトリーネはハリーにしきりにベルゲンへ向かい、その事件の捜査をすることを勧める。

ハリーの捜査によって、ヴェトレセンがかなりの点で嘘をついていたことが分かる。ヴェトレセンは遺伝病の専門家などではなかったのだ。ハリーはカーリングクラブにヴェトレセンを訪れ、その件を問い質す。ヴェトレセンは客の手前、しばらく待ってくれと頼む。

ハリーに届いた奇妙な手紙に使われた紙の素性が分かる。それは日本製の和紙であり、スウェーデンで扱っている店は、ストックホルムとベルゲンにそれぞれ一軒あるだけだった。ベルゲンの店に電話をかけたハリーは、ゲルド・ラフトがその紙を手に入れていたことを知る。ハリーはカトリーネと一緒にベルゲンに向かう。

ラフトが持っていた海辺の別荘がまだ残っていた。ハリーとカトリーネはその別荘を訪れる。大きな冷凍庫があり、そこにはまだ電気が通っていた。ハリーがそこを開けると、そこに凍りついたラフトに死体があった。あたかも雪ダルマのように、鼻にはニンジンがつけらえれ、口は糸で縫われていた。

ヴェトレセンが、最初の女性殺人事件があった当時、学生としてベルゲンにいたこと、また、医者になってからは学会などで、ノルウェー全国を動き回っていたことが分かる。警察はヴェトレセンを容疑者として、別件で逮捕することにする。しかし、それはマスコミにすっぱ抜かれ、公になる。ハリーが逮捕令状を持って、ヴェトレセンの家を訪れたときには、彼は行方をくらませいた。

ラーケルの新しいボーイフレンドで医者のマティアスは、大学の医学部でヴェトレセンと同級であった。彼は、ヴェトレセンが毒薬の使い方について電話で尋ねてきたことを警察に通報してくる。ヴェトレセンは、翌朝カーリングクラブで、毒の入った注射器を腕に突き立てたまま死んでいるところを発見される。警察は、ヴェトレセンが「雪ダルマ」であり、追い詰められて自殺したと発表する。

「雪ダルマ」の正体が分かり、その人物が死んだことで、世間にも、警察内にも安堵感が広がる。ハリーはヴェトレセンが通っていた売春宿に出向く。そこで黒人の売春婦と会い、ヴェトレセンが売春宿に出入りをしていたのは、女を買うためではなく、彼女達を無料で診断、治療していたことを知る。ハリーは「ヴェトレセンが雪ダルマである」という説に疑問を抱き始める。そして、ハリーはヴェトレセンが自殺ではなく他殺であることを照明する。ヴェトレセンの使った薬と注射器では、彼が死ぬまでに全ての薬液を注入できないことを照明したのだ。と言うことは、誰かが彼に毒液を注射したことになるのだ。

警察はヴェトレセンが死ぬ直前に受けた電話を分析する。ヴェトレセンは殺される直前、オスロ駅前の公衆電話からの通話を受けていた。ハリーはその公衆電話の横にあった監視カメラに写った画像を見る。そこに写っていたのは行方不明になったビルテ・ベッカーの夫で大学教授のフィリプ・ベッカーであった。また、最近行方不明になった女性のガレージからベッカーの指紋が発見される。彼は逮捕される。ハリーの取調べに対して、ベッカーは妻の浮気を発見し、浮気の相手の妻と話をしたこと、息子が本当に自分の子供かどうかをヴェトレセンに問い合わせたとことを自白する。結局、ベッカーは証拠不十分で釈放される。

ヴェトレセンが死ぬ前にジャーナリストのアルヴェ・ステップと電話で話していた。ハリーはアルヴェ・ステップに疑いの目を向ける。ハリーに対してステップは、警察も自分に協力するなら、自分も証言してよいという交換条件を持ち出す。その結果、ハリーはステップも出演するトークショーに引っ張り出されることになる。ノルウェーの連続殺人犯人を突き止めた英雄としてハリーは紹介される。しかし、その席で、ハリーは、

「ヴェトレセンは『雪ダルマ』ではない、犯人は他にいる。」

と宣言する。番組は騒然となる。

 番組が終わってハリーがアパートに戻ると、フィリプ・ベッカーが待っていた。ベッカーは自分の息子の血液を検査施設に送り調べたところ、ヨナスが自分の息子でないことが分かったとハリーに伝える。しかし、ヨナスの血液を判定のために施設に送っていたのはベッカーだけではなかった。数年前に、マリエン・ルスト病院の医者が、同じ血液を判定のために施設に送っていたという。マリエン・ルスト病院は、かつてイダー・ヴェトレセンが働いていた病院であった。その病院は、その外にも大量の「父親判定」のための血液検査を依頼していた。小さな病院であるマリエン・ルスト病院から、当時大量の血液鑑定依頼が送られていたことを、ハリーは知る。

 ハリーは、自分の出演した番組の録画を、知り合いの「ポーカーの名人」に見せる。彼は、また他人の嘘を見破る名人でもあった。彼は、番組の中で、アルヴェ・ステップ嘘をついていることを指摘する。ハリーとカトリーネは、アルヴェ・ステップがヨナスとオッターセンの娘の父であり、同時に「雪ダルマ」ではないかと疑いだす。ハリー、ベッカーの息子とオッターセンの双子の娘の血液を施設に送り、鑑定を依頼する。果たして、アルヴェ・ステップは彼等の父親であった。

 ハリーはカトリーネの不可解な態度に気付き始める。彼女がこの事件に賭ける執念にハリーは異常なものを感じていた。また、ベルゲンに言ったときも彼女は別行動をとり、かつての同僚のいる警察署には足を向けなかった。ハリーはカトリーネのアパートに忍び込む。そして、彼女の部屋に自分への手紙に使われたのと同じ和紙を発見する。そして、彼女のコンピューターの中に、自分への脅迫状と同じ文面を発見する。ハリーに手紙を送ったのは、カトリーネだったのだ。

 その頃、アルヴェ・ステップはパーティーの席にいた。美しい、知的な女性が近寄ってくる。女好きのステップはパーティーの後、彼女と待ち合わせる約束をする。ハリーはそのパーティーの席にかけつけるが、既に終了し、ステップは会場を去った後であった。出席者から、ステップがひとりの美人と親しげに話していたことをハリーは知る。その女性の人相は、カトリーネのものであった。

 ステップのアパートに入ったカトリーネは、彼を縛り上げ、浴槽の中に横たえる。

「お前が『雪ダルマ』なのか、白状しろ。」

と言いながら、彼女は剃刀で、ステップの頸に傷を入れて行く。しかし、その確答が得られる前に、ハリーがアパートに突入。彼女は窓から逃れる。

 ハリーは命を取り止めたステップの話から、これまで隠されていた事実を知る。女漁りがやめられないステップは約十年前、ビルテ・ベッカーとシルヴィア・オッターセンと懇意になる。そして、自分に遺伝性の病気があるにも関わらず、彼女達を妊娠させてしまう。ステップはヴェトレセンを金で雇い、彼を自分の患う遺伝病の専門医が集まるセミナーにヴェトレセンを送り込み、ヴェトレセンにその病気を研究させる。そして、生まれてきた子供達を、定期的にヴェトレセンに診察させる。

自分の子供を孕ませたビルテとシルヴィアが、次々と「雪ダルマ」の手に掛かったことにステップは驚く。そして、ヴェトレセンを呼び出し、口止めしようとする。しかし、彼が会おうとしたときにはヴェトレセンはもう死んでいたという。

「雪ダルマ」捜しは新たな局面を迎える。ステップの証言が本当だとすると、カトリーネ・プラットが「雪ダルマ」である可能性が高い。警察はその事実を何とか隠そうとする。ハリーは閃くものがあり、単独でベルゲンのゲルト・ラフトの別荘に向かう。そして、そこに隠れていたカトリーネを発見する。カトリーネは銃でハリーを脅すが、ハリーは隙を見て反撃し。カトリーネに手錠をかけ、ベルゲンの警察に引き渡す。

 ハリーは逮捕され、精神科病棟に収容されているカトリーネがゲルト・ラフトの娘であることを知る。父親の汚名を晴らすために、カトリーネは警察に入ったのだった。彼女はベルゲンで独自に捜査をするが、事件の手がかりを得ることはできなかった。彼女は、ハリーにその事件を捜査させるために、オスロの警察に移り、ハリーの捜査班に入り込む。しかし、父親の死体の発見、その後、次々に「雪ダルマ」の容疑者が現れる展開に次第に疲れ果て、アルヴェ・ステップを監禁して脅迫するという行動に出たのであった。

 ハリーはシルヴィアが殺されたとき、三羽の鶏が殺されていたが、一羽だけ扱われ方が違う上、殺された時間も違うことに注目する。そして、三羽目を殺したのは「雪ダルマ」であると考える。何故、雪ダルマは鶏を殺したのか。ハリーは犯人が負傷し、木の床に垂れた血を、鶏の血で覆い隠したのだと確信する。彼は、木に沁み込んでいる血液の鑑定を依頼する。果たして、それは人間の血で、RHマイナスのB型という極めて珍しい血液型であった。ここへ来て、ハリーは初めて「雪ダルマ」の尻尾を掴んだのだ。

 その頃、「雪ダルマは」、一九八〇年の自分の最初の殺人を思い出しながら、自分の犯行をどのように締めくくるか、フィナーレをどのように飾るか、計画を練っていた・・・

 

<感想など>

 

毎年初雪が降る頃に、夫と子供を持つ女性が行方不明になるという。そして、そこには必ず雪ダルマが残されている。そんな奇妙な事件をハリー・ホーレが追う。確かに読んでいて面白い。時間の経つのを忘れる。なるほどこれならベストセラーになると、納得させられた本であった。

雪ダルマの候補者、容疑者は次々に現れる。

@ ゲルト・ラフト(現場で目撃され、その後行方不明になっている警官)

A イダー・ヴェトレセン(医者、被害者の子供達を患者にしていた)

B フィリプ・ベッカー(被害者の夫、大学教授)

C アルヴェ・ステップ(ジャーナリスト、被害者と肉体関係があった)

D   カトリーネ・ブラット(ハリーと一緒に行動する女性警視)

しかし、結局彼等ではない。

「月光仮面は誰でしょう」

というのがあったが、果たして、

「雪ダルマは誰でしょう」

と言うのがこの物語のテーマである。

しかしその興味で最後の最後まで引っ張るのかと思っていた。しかし、残り四分の一という結構早い段階で、雪ダルマが誰であるのかが明らかにされてしまった。これには少し拍子抜けした。しかし、残りの四分の一、追うハリーと、逃げる雪ダルマの死力と知力を尽くした戦いはなかなか見応えがあった。

ベーリング海のトドの逸話、北欧では五人に一人の子供が信じられているのは別の父親の種から産まれているという統計など、何気ないニュースが、巧みに織り込んである。そして、それが物語の背景を織りなしていることが次第に分かってくる。

これまで二作でハリーは、酒浸りであったりして、結構「はみ出し」ていたが、今回は結構まともに事件と取り組んでいる。一滴も酒を飲んでいない。それどころか美人の同僚カトリーネと組んで、張り切っているように思える。

ヨナスとフィリプ・ベッカー、ハリーとオーレク、たとえ血はつながっていなくても、父と子の絆がある。そんなエピソードが物語りに暖かい印象を与えている。

ハリーはラーケルとよりを一時的に戻す。彼女には新しい恋人マティアスがいるが、どこか彼と一体感が得られなで、ついついハリーを訪れる。そんな「女の勘」も今回は事件の解決に役立っている。

面白かった。お勧めの本の一冊である。

 

20128月)

 

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