「ライブ」
ドイツ語題:Live!
原題:Ο Tσέ αυτοχτόνησε
2003年
<はじめに>
次々に起こる、公衆の面前での自殺。そしてその直後に出版される自殺した者たちの伝記。この不思議な事件に、病気休暇中の警視カリトスが、非公式に挑む。
<ストーリー>
前回の事件で、女性を助けるために身代わりとなり、犯人に胸を撃たれたカリトス。何とか命は取りとめる。手術の後集中治療室で過ごし、その後数週間の入院期間を経て退院。三ヶ月の療養のための休暇に入った。身体は元に戻りつつあるが、精神的な快復はイマイチ、彼自身、自分を抜け殻のように感じるところがあった。妻のアドリアニはそんな夫を心配し、必要以上に夫の世話を焼いた。
ある夜、カリトスはアドリアニと共に「アクアリウム(水族館)」という名のトークショー番組を見ていた。その番組は、女性司会者が、歯に衣着せぬ質問をゲストに投げかけるのが名物であった。その日のゲストは、オリンピック選手村の建設を担当するゼネコンの社長ヤソン・ファヴィエロス。オリンピック施設の完成が、本当に開幕に間に合うのかという質問に自信満々に答えた後、ファヴィエロスは、懐から何かを取り出す。それはピストルであった。彼はそれを口にくわえ引き金を引く。血と脳みそがあたりに飛び散る。その様子はテレビの生中継でギリシア全土に放映されてしまった。
その夜、カリトスは眠れぬ夜を過ごす。彼にはファヴィエロスの自殺に不自然さを感じていた。そして、この事件がカリトスに立ち直りのきっかけを与える。彼は、自分の心のスイッチが「オン」になったことを感じる。翌朝、カリトスはパジャマを背広に着替え、ひげを剃り、街に出る。そして、ありったけの新聞を買い求め、事件の詳細と背景を探り始める。
二日後、「ギリシア統一戦線、マケドニアのフィリップ」と名乗る団体が「犯行声明」をテレビ局に送りつける。
「外国人の労働者ばかり雇い、ギリシア人の雇用をないがしろにする会社経営者たちに鉄槌を下すために自分たちは立ち上がる。ファヴィエロスを自殺に追い込んだのは自分たちであり、ファヴィエロスは最初の犠牲者である。この状態が改善されないならば、犠牲者はもっと増えるであろう。」
そのような声明でアナウンサーにより読み上げられた。
カリトスは警察署に上司のギカスを訪れる。カリトスの療養中、ヤノウトソスという男が殺人課でカリトスの代理を勤めていた。(このヤノウトソスという男、野心家で、カリトスの復帰を妨げ、あわよくば、自分がずっと殺人課のボスに居座ろうと考えている。)カリトスはギカスとヤノウトソスに対して、事件の不自然さを説き、警察の介入を勧めるが、ふたりは、ファヴィエロスの自殺は、テレビ局と自殺志願の男と組んだ視聴率狙いの茶番であり、「マケドニアのフィリップ」による「犯行声明」は、関係のない団体の単なる売名行為であるとして、取り合わない。
翌日、カリトスは病院にいた。彼は医者からも完治のお墨付きを得る。病院の待合室が騒がしい。聞くと、ファヴィエロスの工事現場で働くふたりのクルド人の労働者が殺され、「マケドニアのフィリップ」からの犯行声明がテレビ局に送られたという。カリトスは犯行現場に駆けつける。ふたりのクルド人は、麻酔で眠らされた後、片目をピストルで射抜かれて死亡していた。カリトスは現場にいたヤノウトソスに対して、犯行声明を真剣に取り上げなかったために犠牲者を増やしてしまったとなじる。
数日後、カリトスは自宅に署長ギカスの訪問を受ける。ギカスはカリトスに非公式に事件の捜査をしてくれることを頼む。自殺を警察が表向きに捜査できないが、ギカスもこれ以上事件が広まることを危惧し始めていたのである。自分の地位を、代理のヤノウトソスに永久に自分に取られてしまうことを恐れたカリトスとギカスの利害は一致する。ヤノウトソスの鼻を明かし、自分の復職を確かなものにするため、カリトスはギカスの依頼を引き受ける。ギカスは、助手として自分の秘書コウラをつけることを約束、彼女は翌日からカリトスの家に現れる。
カリトスはファヴィエロスの自宅とオリンピック選手村の工事現場を訪れ、次にコウラとファヴィエロスのオフィスを訪れる。自殺する直前、ファヴィエロスは神経質になっていて、長時間に渡ってコンピュータの前に座って何かをしていたとの証言を得る。
娘のカタリーナが出版されたばかりのファヴィエロスの伝記を送ってくる。ミナス・ロガラスという名前が、その伝記の作者として載っている。カリトスは、ファヴィエロスの伝記が、彼の自殺と時を同じくして出版されたことに不審を感じる。カリトスはその出版社を訪れる。ある人物が、原稿をその出版社に送りつけ、期日を指定して出版するように依頼していた。その人物は、ファヴィエロスの自殺する日を知っていたのである。カリトスはその男がファヴィエロス自身ではないかと疑う。
その伝記により、ファヴィエロスが大学の頃から左翼の活動家であり、当時の軍事政権に逮捕され、拷問を受けていたことが明らかになる。また、伝記の中には、ファヴィエロスの経営する「オフショア会社」について述べられていた。それは不動産会社であった。
その不動産会社を訪れたカリトスは、その会社、「バルカン・プロスペクト」が、ギリシア人から、安い値段で買い上げた不動産を、ファヴィエロスの建築現場で働く労働者に不当に高い値段で売りつけていたことを知る。
国会議員、ロウカス・ステファナコスが、生中継のインタヴューの途中で自殺を図る。そして、「マケドニアのフィリップ」による犯行声明がまたしてもテレビ局に送られる。
国会議員までが事件に巻き込まれてきたことで、警視総監も事態を放置できなくなる。ギカスはカリトスを署に呼び、法務大臣の補佐官と協力し、事態の究明を計るようカリトスに改めて依頼、全面的な協力を約束する。
カリトスは、不動産会社「バルカン・プロスペクト」の不正な取引を叩いてみることにした。彼は、司法書士を訪れる。もしも、不正が行われていたなら、司法書士もぐるになっているに違いないからである。しかし、疑惑は一層深まるものの、確定的な証拠を得ることは出来ない。
カリトスは、ステファナコスの死を悼むテレビの討論番組録画中に、ある政治家がファヴィエロスとステファナコスの関係をCMの時間中に話していたことを、ジャーナリストのソティロポウロスから耳にする。それを調べるうちに、カリトスは、殺された両名、ファヴィエロスとステファナコスの妻たちが、共同で、コンサルタント会社を経営していたことを知る。
またしても、ステファナコスの伝記が出版される。作者は同じくミナス・ロガラス。今度は別の出版社である。その出版社を訪れたカリトスは、ファヴィエロスの時と同じく、原稿が郵便で送られてきたことを知る。
功名心に燃えるヤノウトソスは、政治家よりの圧力を受け、事件の幕引きを図る。彼は三人の若者を「ギリシア統一戦線、マケドニアのフィリップ」がメンバーであると断定、ファヴィエロス、ステファナコスを自殺に追い込み、クルド人二人を殺害した犯人として逮捕する。
カリトスは、その知らせを受け、自分の非公式捜査を打ち切ることを決断する。残りの休暇を島で過ごそうと旅行の準備をしているカリトスに、分厚い封筒が送られてくる。それは著名なジャーナリスト、アポストウロス・ヴァキルティスの伝記で、作者はミナス・ロガラスとなっていた。
カリトスはヴァキルティスにも自殺の危機が迫っていることを知る。ファニスの運転で、カリトスは直ぐにアテネ郊外のヴァキルティスの屋敷に駆けつける。しかし、カリトスが到着する直前に、ヴァキルティスはパーティーに集まった客たちの前で、自らにガソリンをかけ、火をつけて、焼身自殺を遂げていた。
カリトスは捜査を進めるうちに、殺されたファヴィエロス、ステファナコス、ヴァキルティスが共通の過去を持つことを知る。彼ら三人は左翼学生運動に加わり、軍事政権家では共産主義者として逮捕され拷問を受けていた。そして軍事政権の終焉の後は、ビジネス、政治、ジャーナリズムとそれぞれの道を歩み、そこで成功を遂げていた。そして、三人を自殺に追い込んだのは、三人の過去と深い関わりを持つ人物であると推測する。
<感想など>
人を殺すことは簡単である。などと書いたら語弊があるが、少なくとも、人を、自殺に追い込むことよりは、直接手を下すことの方が簡単であろう。しかも、今回ターゲットとなったのは、実業界、政界、ジャーナリズムで功を成し、名を上げた一筋縄ではいかない人物ばかり。ローマ帝国、皇帝ネロの時代。残虐なことで知られているネロは、破綻状態の国庫の収入を増やすために、金持ちの市民に「自分が死んだら財産は国家に寄付します」という遺言を書かせ、さらにその市民を自殺に追い込み、その財産を没収していったという。もしその市民が、遺言を書くことを拒んだり、自殺を拒んだりすると、一家皆殺しで、財産の没収の目に遭うことになる。つまりどうせ財産を国に取られるなら、自分ひとりが死んで、家族だけでも助けようということになるのである。話はそれたが、それに近いことでもない限り、人は進んで自殺をすることはないであろう。
残念ながら、ギリシア語の原題は分からない。いや分かるが、ギリシア文字で書いてあるので、辞書の引きようがないのである。「ライブ」というドイツ語のタイトルは、もちろん、三人のうち、ふたりの男の自殺が「生中継、ライブ」でテレビ放映されたことを指すものである。
細かく書き込んである。娘のカテリナと婚約者のファニス・オウソウニディスの関係。カリトスの助手として働くことになったコウラと妻のアドリアニの関係。カリトスとジャーナリストのソティロボウロスとの関係、カリトスと情報提供者であるシシスとの関係。また、カリトスと公園にいる猫との関係。どれも微妙な関係なのであるが、それらが実に丁寧に、過去のエピソード、人物描写、情景描写を絡めて書き込んである。一見少し不自然と思える関係でさえも、読んでいて納得してしまう。しかし、これだけページを使えば、それもできるであろうと思う。
今回も長い。五百ページを越える本の、最後の数十ページにならないと、結末が見えてこないのであるから、そこへ行き着くまでには、多大な忍耐を要する本である。
つまらないことであるが、ギリシアでは、夫婦で姓が微妙に違うということを知った。例えば、主人公の名前はコスタス・カリトスである。カリトスが姓である。しかし、彼の妻はアドリアニ・カリトウ、娘はカテリナ・カリトウ。男性が「S」で終わるところ、女性は「U」で終わるらしい。
上司ギカスの美人秘書コウラが、今回はカリトスの助手として、大活躍をする。カリトス自身も、彼の同僚も、コウラがこれほど「鋭い」女性であると想像もしていなかった。カリトスがどうして、警察署の中では、「可愛いけれど鈍い女」を演じているのか、コウラに尋ねる場面がある。コウラは、自分も独身であり結婚相手を探さなければならない。そのとき、男性は普通「鋭い」女は好まないから、と答える。ギリシア男性は、西ヨーロッパに比べて、保守的な女性観を持っていることをそれ知った。それだけではなく、ギリシアの文化、習慣、ギリシア人の価値観、生活観などを知る意味ことに、勉強になる本でもある。
(2008年6月)