中国人

原題:「Kinesen

ドイツ語題:「Der Chinese

2008

 

 

<はじめに>

 

二〇〇八年に、発表されたミステリー。時間と空間を超えた「スーパー推理小説」にしようとしたマンケルの意気込みが伝わってく

る。

 

 

<ストーリー>

 

<第一部>

 

 一月のある夜、一匹の狼が国境を越えてノルウェーからスウェーデンに入る。空腹の狼は開け放たれた一軒の家から子供の死体を見つけ、それを野原まで引きずって行き、足を貪り食う。

 翌朝アマチュア写真家のカーステン・ヘグリンは、古くからあるスウェーデンの村の写真を撮るために、早朝ヘスイェヴァレンの村を訪れる。彼はどこの家の煙突からも煙が上がっていないのを不思議に思う。彼は一軒の家の中に、血にまみれた死体が横たわっているのを発見する。大慌てで車に飛び乗り走り出したヘグリンは、国道に出たところでトラックに衝突、自分は心臓麻痺で死亡する。死ぬ前に彼は、村の名をトラックの運転手に告げる。

トラックの運転手の通報で警察が駆けつける。死んだ男が最後に言った村の名前を聞いて、ふたりの警官がその村に向かう。そして、村の家の殆どの中に、惨たらしく殺された村人の死体を発見する。殺された人間は延べ十九人、スウェーデンの犯罪史上最大の殺人事件となる。中年の女性刑事、ヴィヴィ・スンドベリがその捜査を率いることになり村に入る。

殆どの村人が殺された中で、三人の人間だけが生き残っていた。中年になってからこの村に移り住んだ元ヒッピーの夫婦、それと認知症の老婆であった。また殺されたのは殆どが年老いた村人であったが、その中にひとりだけ少年が混ざっていた。生き残った夫婦は、前夜不審な物音を聞いたり、不審な人物を目撃してはいなかった。

「これほど多くの人間を、これほど短時間に殺すために、単独か、複数かは分からないが、ともかく犯人は周到な準備の後に犯行に及んだ。」

刑事のヴィヴィは考える。予審判事ロバートソン、地元との警察署長ルードビックが現場に到着。ストックホルムの本庁からも応援が呼ばれ、大掛かりな現場検証と捜査が始まる。

 十八人の村人とひとりの身元の分からない少年の死が警察から発表されると、スウェーデン全土は大きな衝撃を受け、報道陣が村とその近辺に押し寄せる。

 ヘルシンクボリの裁判所で働く女性裁判官、ブリギッタ・ロスリンは、新聞に載っている凶行の行われた村の写真を見て、どこか見覚えがあると感じる。彼女は、亡くなった母親の残した手紙や書類を調べる。その中の写真の一枚に写っている風景が、新聞に載っている村の風景と一致した。その村は彼女の母親の育った村であったのだ。母親は幼い頃、里親に引き取られその村に移り住み、結婚するまでその村に住んでいた。

 次々と回ってくる裁判に明け暮れるブリギッタは、健康診断を受ける。血圧の異常を指摘されたブリギッタは、医師から二週間の休養を命じられる。突然二週間の時間が出来てしまったブリギッタは、暖かいカナリア諸島での休暇を予約する。

 警察官の友人を通じてヴィヴィに連絡をつけたブリギッタは、母親の里親であった夫婦、アンデレン夫妻も、殺されたことを知る。母親の残した日記や手紙の中に、米国ネバダ州からの物を発見したブリギッタは、アンデレン一族の何人かが米国に移住していることを知る。その移住した人々と町に興味を持ったブリギッタがインターネットでその消息を調べると、最近そのネバダ州の町で大量殺人事件があり、そこに住むアンデレン一家が皆殺しにされたというニュースが出ていた。これは偶然ではない。米国でのものもスウェーデンでのものも、周到に計画された犯罪だ。そう考えたブリギッタは休暇をキャンセルし、殺人事件のあった村へ向かう。

 ブリギッタはヴィヴィと会う。ヴィヴィはブリギッタの話に余り興味を示さず、ブリギッタもヴィヴィが自分の好きなタイプでないことを知る。ブリギッタは、殺人の行われた母親の里親の家を訪れる。彼女はそこで引き出しの中に、一冊の古い日記帳を発見する。その中に「ネバダ」の文字をブリギッタは見て取る。

 翌日の早朝、ブリギッタはこっそりと母親の里親の家に入り、日記を持ち出す。ホテルでブリギッタはその日記を読み始める。それは、JAと名乗る男の書いたものであった。JAは十九世紀の中頃、スウェーデンから米国に渡り、そこで鉄道工事の現場監督をやっていた。工事現場ではアイルランド人や中国人が働いていたが、JAはその中でも中国人を毛嫌いしているようであった。読んでいてブリギッタはJAなる人物に嫌悪感を覚える。

 ブリギッタの日記への取り組みはわずか数時間で終わってしまう。日記のないことに気付いたヴィヴィが、ブリギッタを訪れ、日記の返還を要求したからだ。ヴィヴィは表沙汰にしなと約束し、ブリギッタは素直に日記を返す。

 警察の記者会見で、現場に赤いリボンが残されていたことが告げられる。ブリギッタにはそのリボンに見覚えがあった。彼女は事件のあった村の近くの町にある中華料理店で昼食を取った。その時、ランプの下に赤いリボンが何本かぶら下がっていて、その中の一本が欠けているに彼女は気付いていた。

 

<第二部>

 

 一八六三年、中国。貧しい農民のサン一家は地主と諍いを起こし、父母は自殺。サン達三人の兄弟も村におられなくなり、生れ育った土地を後にする。三人は海辺の大都市、広東に向かう。やっとのことで広東に辿り着いた三人だが、そこはサンのように農村を脱出して来た人々で溢れ、彼等は職にも食べ物にもありつけなかった。

 餓死寸前の彼等に話しかける人物があった。仕事があるという。その人物の誘いに乗って後について行った三人だが、突然何者かに襲われ、兄弟のひとりは殺され、残りのふたりはアメリカ行きの船に乗せられてしまう。

 サンと弟のグオ・シは、同じようにほとんど誘拐に近い形で船に乗せられた中国人たちと一緒に、鎖で繋がれたまま太平洋を渡る。当時、アメリカでは鉄道の建設などで、労働者が不足していた。大量の中国人が奴隷同様に、アメリカに送り込まれていたのだ。

 途中悪天候や凪で苦しみ、何人もの死者を出しながらも、船はアメリカに着く。そこからサンとグオ・シの兄弟は、ネバダ州の鉄道工事現場へ連れて行かれる。そして、厳しい気候の中で、過酷な労働に携わるようになる。そこでは中国人、アイルランド人、黒人などがお互いに対立しながら働いていた。いや、働かされていた。

 兄弟は、トンネル掘削の工事現場へ移る。そこでの現場監督はJAという男であった。JAは中国人を毛嫌いしており、何かと中国人に辛く当る。発破用のニトログリセリンが暴発して、中国人の作業者が亡くなってから、兄弟がその危険な作業をやることになる。

兄弟は、ある夜、馬を盗んで脱走するが、数日後、JAに見つかり連れ戻される。そして、前にも増して過酷な労働を要求されるようになる。一度病気なったJAが快復し現場に戻る。彼は一段と凶暴に、残忍になっていた。サンはJAを殺すことを考え始める。彼はJAを憎むことにより生きる力を得ていた。

三年後、サンとグオ・シの所有者が死に、彼等の年季も明け、ふたりは自由の身となる。彼等は、金持ちの旅行者の召使として雇われ、東へ向かう旅を続け、何とかニューヨークに到着。そこから大西洋を渡り、英国のリバプールへ。そして、一九六七年、いよいよリバプールから祖国に向かう船に乗り込む。彼等は船の中で、ふたりのスウェーデン人の宣教師と出会う。サンは布教のために中国に向かう宣教師達に中国語を教え、宣教師と懇意になる。弟のグオ・シは中国に着く直前に病に倒れ死亡、結局サンだけが再び中国の土を踏むことになる。

 サンはスウェーデンの宣教師の下で働き始める。彼は忠実に使え、他の使用人たちも上手に管理し、宣教師達の信頼を勝ち得る。サンは字を習い、これまで自分の経験したことを文章に記し始める。

宣教師達の家に、キーという若い女性が下女としてやってくる。サンは彼女が好きになり、宣教師に彼女との結婚に対する許可を求める。しかし、宣教師はそれを認めない。そのうちキーが妊娠していることが分かり、サンの留守中にキーは宣教師の家から追い出される。キーは海に身を投げて自殺する。

その数日後、サンは宣教師の家から忽然と消える。ふたりの宣教師は、届いた金を受け取るために、ボートで英国からの船に向かう。そのボートが帰り道何者かに襲われ、ひとりの宣教師は殺され、ひとりは逃げ帰る。ボートを襲ったのはサンだった。彼は、数年間別の土地で過ごし、その後金持ちとして、広東に戻る。彼は一九八一年に結婚、翌年男の子を設けた。彼はずっと手記を書いていた。自分の子供達がいつかそれを読んでくれることを期待して。

二〇〇六年、中国で屈指の実業家となったヤー・ルーは、北京の高層建築の事務所で外を見ていた。別室の机の上には、彼の先祖が百三十五年前に書き記した手記が置いてあった。彼を姉のホン・キーが訪れる。姉は、共産主義の理想を忘れ、金儲けに没頭する弟を非難する。姉が去ったあと、ひとりの男がヤー・ルーを訪れる。ヤー・ルーはその男に、これまで十年かけて調べ上げた資料の入った封筒を渡し、ある任務を依頼する。

 

<第三部>

 

中華料理店のランプにぶら下がる赤いリボンが一本欠けているのに気付いたブリギッタは、殺人事件のあった前夜、ひとりの小柄な中国人がレストランの隅の席に座っていたことを、ウェートレスから聞いて知る。その男がコートを着ていなかったという証言から、ブリギッタは、男が近くのホテルに投宿していたと推理する。果たして、近くの安ホテルに、事件のあった前夜、ワン・ミンハオと名乗る中国人が泊まっていた。防犯カメラの映像を見たブリギッタはその中国人が三十歳前後の若い男であることを知る。またその男は中国語で書かれた会社のパンフレットと思われる小冊子を残していた。ブリギッタは防犯カメラの画像と、その小冊子をホテルの主人に頼み込んで借り出す。

小冊子には中国語で何か書き込みがあった。ブリギッタはその解読を、大学時代の友人で、中国学の教授であるカリン・ヴィーマンに依頼する。それは、北京にある病院の名前であった。

ブリギッタは自分の発見を伝えるために、翌日警察に立ち寄る。彼女はヴィヴィ・スンドベリと予審判事ロバートソンに自分の発見を伝える。殺人現場で見つかった赤いリボンが中華料理店からのものだということが分かっても、ヴィヴィとロバートソンは何か半信半疑でブリギッタの話を聞いている。思いがけなく、ヴィヴィはJAの書いた日記をブリギッタに貸してくれた。

ブリギッタはヘルシンクボリの自宅に戻る。夫と一緒にテレビを見ていた彼女は、警察の記者会見を見て、何故自分の言うことを警官達が真剣に聞いていなかったかを知る。警察は、殺人事件の容疑者を逮捕したというのである。間もなく、その容疑者が犯行を自白したとい報道があった。

中国語の解読を依頼したカリンはコペンハーゲンに住んでいた。彼女は、一度遊びに来ないかとブリギッタを誘う。ブリギッタはその誘いに応じて、コペンハーゲンのカリンを訪ねる。ふたりは学生時代の思い出話に花をさかせる。

ブリギッタとカリンは学生の頃共産主義グループに身を投じていた。当時は、毛沢東に率いられる中国がふたりの憧れの地で、毛沢東語録がふたりのバイブルだった。ふたりは、スウェーデンでも労働者や農民による革命が起こると信じていた。しかし、ふたりの共産主義に対する熱はいつしか冷め、カリンは大学に残り研究者への道を、ブリギッタは法曹界に入り裁判官への道をそれぞれ歩みだした。カリンは近々、学会で中国に行くことになっていた。ブリギッタもカリンと一緒に、中国へ言ってみたいと思うようになる。

コペンハーゲンから帰ったブリギッタが耳にしたニュースは、大量殺人事件の容疑者として逮捕され、その犯行を自白した男が、拘置所内で自殺したというものだった。ブリギッタは自殺した男が犯人でないということを確信する。と言うのも、彼女はヴィヴィから借りてきたJAの日記を読み進んでいたからだ。JAは中国人を憎んでいた。妻に先立たれたJAは、中国人を虐待することによって、その寂しさを紛らわせていたのだ。JAの日記の内容を前もって知っていた犯人が、その復讐のためにJAの子孫たちを殺害したのではないかとブリギッタは考える。

再び医者を訪れたブリギッタは、もう二週間の休養を命じられる。その二週間の間に、ブリギッタはカリンと一緒に中国へ行くことを決意する。ブリギッタは北京のホテルに着き、窓から北京の街を眺める。その時近くの高層ビルの窓際に立ち、同じように北京の街を眺めている男がいた。彼は赤いリボンを持って、訪問者を待っていた。

ブリギッタは翌日、中国人の男が置き忘れていったパンフレットに走り書きしてあった住所にある病院を訪れる。その病院の向かい側にある建物が、まさにパンフレットに載っているものであることに気付く。ブリギッタは英語で話しかけてきた中国人の青年にスウェーデンのホテルの監視カメラで撮られた写真を渡し、建物の守衛に写真の男を見たことがないか、聞きに行かせる。青年は守衛に追い返される。

そのことがあってから、観光を続けるブリギッタは、常に誰かに尾行されているような気がし始める。切り絵師に自分のシルエットを切ってもらった後、ブリギッタは見知らぬ男たちに襲われる。男達は彼女のハンドバッグを盗って逃げ、彼女は殴られて気を失う。

ブリギッタは病院で意識を取り戻し、ホテルに戻る。彼女は自分のいない間に、ホテルの部屋に誰かが侵入し、何かを捜していった気配を感じる。

ブリギッタが翌日朝食を取っていると、身なりの良い中国人の女性が彼女の前に発つ。ホン・キーと名乗る女性は、盗まれたハンドバッグをブリギッタに返す。盗んだ犯人は警察に逮捕され、英語の話せる彼女がその返却の役目を引き受けたという。

ホンはブリギッタに、中国で彼女が不愉快な目に遭ったことを詫び、どこか行きたいところがあったら案内するという。裁判官であるブリギッタは、中国の裁判を見たいという。翌朝ホンはブリギッタを裁判所に案内する。ブリギッタはホンが、中国の警察や役所に顔の効く実力者であることを感じ始める。ブリギッタはホンに、自分がスウェーデンの大量殺人事件について知っていることを話、ホテルの監視カメラで撮られた中国人の男の写真をホンに見せる。

ブリギッタとカリンが中国を離れる朝、ホンが再びブリギッタの朝食の席に現れる。ホンはブリギッタを襲いハンドバッグを盗んだ犯人を特定するために警察に来るように依頼される。ブリギッタは犯人を見ていないと断るが、半ば強制的に警察に連れて行かれる。警察から帰ったブリギッタは、またもや誰かが自分の部屋に入ったという気配を感じる。ブリギッタは予定より一日遅れてスウェーデンに戻る。医者の診察を受けたブリギッタは、再び働けることになる。

 

<第四部>

 

北京郊外の中国共産党の建物。未来学の教授であるヤン・バーは中国の政界財界を支える要人の前で、中国の今後の方針についての重要な講演をすることになっていた。彼は、古代から、中世、近代、現代の中国の歴史を振り返り、今後はアフリカが中国の行方を決める重要な役割を果たすという彼なりの結論を述べ、四時間に及ぶ講演を終える。その講演を聴いている中国の重要人物の中に、実業家のヤー・ルーと、その姉であり中国外交の補佐官であるホン・キーがいた。ヤー・ルーにとって、共産主義の教義を守ろうとする姉は時代遅れの人物であり、ホン・キーにとって金儲けに走る弟は地位を利用して私腹を肥やす、共産主義を裏切る者であった。

二〇〇六年三月、実業家のシェン・ウィクサンが贈賄の罪で死刑判決を受ける。ホン・キーは死刑執行を前にしたシェンを刑務所に訪れる。そして、自分はスケープゴートにされたと信じるシェンに対して、復讐を引き受けることを条件に、自分の弟ヤー・ルーがこれまでに行った非合法な行いを聞きだす。ホンはヤー・ルーがやられたら必ずやりかえす、執念深い、復讐心の強い男であることを知っていた。また、ブリギッタ・ロスリンが自分に見せた写真の男が、ヤー・ルーのボディーガードあることも知っていた。

数日後、ホンは中国政府の代表団の一員としてジンバブエに向かう。政府専用機の中で、ホンはヤー・ルーに話しかけられる。実業界の代表として、急遽代表団に加わったと、ヤー・ルーに述べる。

ジンバブエに着いた一行は、ムガベ大統領の出迎えを受ける。ジンバブエは、ムガベ政権に反発する欧米からの経済制裁処置で、危機的な状況を迎えていた。それを中国が何とかしようというのだ。弟からの身の危険を感じたホンは、ホテルで夜を徹してこれまでの自分の考えていることを一通の手紙に書き記す。そして、翌朝信用のおける友人のマー・リーにその手紙を託し、自分が死んだときに開封するように伝える。

ホンは急遽、経済大臣の一行に加わり、ヤー・ルーと共にモザンビークへ向かうことになる。ホンは自分を監視下に置きたいために、ヤー・ルーが経済大臣に頼んで、自分を彼等と同じ行動をさせることにしたのだと推測する。

ホンは中国の貧しい農民を、モザンビークに移植するという経済大臣とヤー・ルーの計画を知り、それは資本主義の植民地政策と変わるものではないと、ヤー・ルーを批難する。翌朝、ヤー・ルーはホンにサファリへ行くことを勧める。ホンはそれをヤー・ルーとの宥和の印と理解してジープに乗り動物を見に出かける。その道中、ヤー・ルーはホンを射殺し、それを手伝ったボディーガードまでを殺害する。ヤー・ルーはふたりの死を、自動車事故ということで報告、決着をつける。

ヤー・ルーは姉のホンを殺したことを自分のために仕方がないことと正当化する。そして、ホンから託された手紙を読んだ友人のマー・リーは、ホンの死を事故とは考えていなかった。

アフリカから帰って数週間後、ヤー・ルーは治安警察の訪問を受ける。彼の指示でで、彼の会社の行った取引に違法性があるということを告げられる。彼は、自分を陥れようとする陰の動きがあることに気付く。彼は、そこで初めてブリギッタ・ロスリンの存在と、彼女の持つ中国人の写真について知る。ヤー・ルーは自分に対する包囲網が狭まっていることを知り、それを突破するために自ら行動を起こすことにする・・・

 

<感想など>

 

壮大な話である。百数十年の年月を越え、地球の反対側で行われた復讐劇がテーマとなっている。第一部は二〇〇六年にスウェーデンの寒村で起こった大量殺人が描かれ、主な登場人物は、裁判官のブリギッタ・ロスリンと刑事のヴィヴィ・スンドベリである。第二部に入ると舞台は一挙に一八六三年の中国と米国に飛ぶ。登場人物は貧しい中国人の青年サンと、鉄道工事現場の冷酷な現場監督JAとなる。第三部では舞台が再び二〇〇六年に戻り再びブリギッタ・ロスリンが登場、舞台の殆どは中国の北京となる。そして第四部では、一挙にアフリカに舞台が飛ぶ。各部がそれぞれ百五十ページ近くあり、全部で六百ページ。とにかく長い。読むのに覚悟と根気の必要な本だ。

「中国人」というタイトルがつけられているが、中国の歴史と社会情勢がよく分かる本である。ヘニング・マンケルは小説の中に、その時々の話題、世相を巧みに取り入れることを得意としているが、その面目躍如というところであろう。

ブリギッタ・ロスリンと親友のカリン・ヴィーマンが学生の頃、共産主義者で毛沢東に傾倒していたという設定にして、ふたりの毛沢東の思想について、延々と語らせている。ふたりの会話や回想から、中国共産主義の歴史と、それが現代に至る過程をかなり知ることができる。また第四部の冒頭では未来学の教授、ヤン・バーに中国の過去、現在、未来について講演させている。これによって、現在の開放政策に至った経緯などを知ることができる。

勉強にはなるのだが、ちょっと「薀蓄(うんちく)」が長すぎる気がする。マンケルはこの小説を書くにあたって、膨大な資料を読んでいることは明らかである。しかし、ちょっとそれを出しすぎ、使いすぎのような気がする。この薀蓄をもう少し簡略化すれば、もっとサクサク読める小説になっていたと思う。

もちろん、マンケルが愛するアフリカも登場する。中国経済使節団の一員として、ヤー・ルーと姉のホンはジンバブエを訪れる。その際、ムガベ大統領が実名で登場する。彼等は更に、モザンビークまで足を伸ばす。マンケルは一年の半分は、モザンビークのマプトに住んでいるという。モザンビークは「ケネディーの脳」にも登場する、マンケルの小説にはお馴染みの国である。マンケルのアフリカに対する「思い入れ」を常に感じることができる。

しかし、殺人を犯した男が、依頼者の会社のパンフレットをホテルに置き忘れていくという設定はちょっとお粗末。また、最初の大量殺人を犯した男はヤー・ルーのボディーガードのリウという男であるのだが、写真を撮られたリウはモザンビークで証拠隠滅のために雇い主のヤー・ルーに殺されてしまう。しかし、その後

「前回と同じ男が再びホテルに現れた。」

と、ホテルの経営者からブリギッタに連絡が入るというのも辻褄が合わない。それだけではない。これだけの長い話の中で、数多くのエピソードを互いに結びつけるのに、かなり無理が来ているという印象を受ける。

贈賄の罪で死刑判決を受ける男が登場する。日本では経済犯罪で死刑になることはないが、中国では実際あるようだ。この物語を読んでいる時、二〇一二年二月十七日の「ザ・タイムズ」の国際面に、脱税の罪で死刑判決を受けた、二十九歳女性の会社経営者の記事があった。中国では、犯罪抑制を目的とした「見せしめ」のために、まだ死刑が使われているらしい。

なかなかよく練られた話ではあるが、読み終わったときには「面白かった」という印象よりも「長かった」という印象の方が強かった。途中で一度本を失くして、再度買い直してまた読み始めた。僕は粗筋や感想を本の余白に書きながら読み進むのだが、本を失くしたのは、ちょうどそれまで余白に書いたメモをタイプアップした後だった。「ラッキー」だったと思う。十二月の初旬から読み始め、寒い冬の間ずっと読み続け、読み終わったのは二月の末。春の気配が感じられる頃。もう一度書く、長い本だった。

 

20122月)

 

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