ロンドンの天気
「あっ、白いカブトムシめっけ」
一週間ロサンゼルスに滞在している間、ロンドンの天気を逐一知ることができた。と言うのも、ロンドンではちょうど全英オープンテニスがウィンブルドンで開催されており、テニス好きのY子さんのご主人や息子さんがいつも中継を見ていたからである。ロンドンの天気は不安定らしく、突然の雨に、コートに緑色のシートが広げられる光景を何度も見た。自分の住んでいるところの天気が、常に見られる。だからどう便利かって聞かれると困るが、何だがとても便利な気がした。
女子シングルスで優勝した、十七歳のマリア・シャラポヴァは、ロシア人であるが、現在はロサンゼルスに住んでいて、Uさんがコーチをするテニスクラブで練習しているということだった。そんな理由で、Y子さんの家族は皆さん、マリアを応援していた。知っている人が、桧舞台に登場し、どんどん勝ち進んでいるのを見るのは、きっと、不思議な気持ちに違いない。マリアはきれいなお姉さんで、僕の息子と同い年とは思えない。でも、インタビューを聞くと、うちの子供たちと同じような話し方をしていた。
月曜日の夕方、Y子さんが空港まで送ってくれた。娘さんも一緒である。娘さんと、Y子さんは、車に乗っている時、変なゲームをやっている。フォルクスワーゲンのカブトムシを見つけたら、先に見つけた人がもうひとりを叩いていいというゲームである。
「あっ、赤いの見つけた。」
とか言いながら、相手をピシャッと叩くのである。運転している途中にやると結構危ないゲームなのである。娘さんに、誰がこのゲームを始めたのと聞くと、ボーイフレンドの家族だと言うことであった。Y子さんは、最近、独りで車に乗っているときも、カブトムシが見えるたびに、「白いのめっけ」などと口走ってしまうらしい。フォルクスワーゲンのディーラーの前を通ったときは凄かった。カブトムシが何台も並んでいるわけである。
「ピシャピシャピシャ。」
「痛いっ。何するのよ。」
空港で、Y子さんと娘さんに別れを告げる。来年は一緒にラスヴェガスに行こうとY子さんと約束をする。搭乗手続きを済ませ、靴まで脱ぐ、厳重な検査を受けて中に入る。まだ時間があるので、バーに座り、ハイネッケンビールを注文する。久しぶりにヨーロッパの味。
バーの上のテレビでは、野球中継をやっていた。シアトルからの中継で、マリナーズとレンジャーズの試合である。イチロー選手の姿が見える。僕は、数日前のドジャースタジアムを思い出して、また、野球を見たくなった。そう言えば、ロサンゼルスのちょっと南にサンディエゴという町があり、そこにもパドレスという球団があったっけ。ラスヴェガスもいいけど、レンタカーを借りて、サンディエゴまで行くのも悪くないな。僕はもう次の計画を立て始めた。イチロー選手の第二打席は四球。彼が牽制球でアウトになったとき、ロンドン行きAA一三四便のアナウンスがあった。僕はバーを出て搭乗口に向かった。