ブルペンの投手たち
楽勝でのんびりムードのエンゼルスのブルペン
ドジャーススタジアムで僕たちが座った席は、エンゼルスのブルペンのすぐ横だった。(この球場のブルペンは内野席と外野席の隙間にある。)試合はワンサイド。エンゼルスの先発投手ワッシュバーンの球はそれほど速くないが、打者のタイミングをはずす頭脳的な投球で得点を許さない。ドジャースのどの投手も、球は速いものの、コントロールが悪い。エンゼルスの打者は、ツーボールナッシングなどからストライクを取りにきた球を、確実に捉えていく。そんな展開なので、ブルペンにいる四、五人のエンゼルスの救援投手たちは、「今日は暇でんな」という雰囲気で、雑談をしながら椅子に座って試合を眺めていた。
六回ごろに、その中の、ひとりの若いピッチャーが立ち上がり、腕を回したり、身体を捻ったり、足を伸ばしたりの準備体操を始めた。お呼びがかかったらしい。その後、彼はキャッチボールを始めた。彼は僕から数メーター離れたところにいる。
大リーグのピッチャーの投球を、至近距離から、しかも横から見ると、球がいかに速いかわかる。「球が伸びる」という言葉がよく使われる。一度ピッチャーの手から離れた球が、物理的に途中で「伸びる」「速くなる」わけはないのだが、そのピッチャーの投球を見ていると、本当に球が伸びているような気がしてくるので不思議だ。
ボールは「パシーン」という乾いた音を立ててキャッチャーのミットに吸い込まれることもあるし、「ズボッ」という感じで入るのもある。ブルペンでは、単に投げているのかなと思ったが、キャッチャーはちゃんとサインを出し、ピッチャーはそれに対して頷いたりしながら、本番さながらに変化球やコースをねらって投げていた。試合はもう完全に決まっていたので、僕はその若いピッチャーの投球練習を観察していた。
八回の裏、ピッチャー交代のアナウンスがあり、その若いピッチャー、ターンボーン君は小走りで、外野の芝生をマウンドへ向かって駆けて行った。先発の左腕ワッシュバーンは、無得点のまま交代をした。外野の大きなスクリーンに、これまで横で投げていた、ターンボーン君の顔が大写しになった。これまで、すぐ横にいた人が、スクリーンに映るのは何故か不思議な気分である。しかし、十三対ゼロでのマウンド。これほど楽なものはない。いや、ひょっとして、かえって緊張するかも。十四点とられて負けたらどうしようかって。
ターンボーン君は、最初ストライクが入らず、先頭打者に四球を出してしまったが、後続を併殺に打ち取り、(ドジャースのバッターが真剣に走っていれば完全に一塁はセーフだと思ったのだが、その頃にはドジャースの選手はかなりやる気をなくしていた。)その回を無得点に抑えたのであった。別に僕とは何の関係もない人なのだが、彼が無事に一回を切り抜けてくれて、何故か僕はホッとした。