Tシャツとクリスマスソング
「スターバックス」の前でY子さんと別れた。今日の予定はひとりでロサンゼルス観光である。だが、私は旅行が好きなくせに観光は苦手なのである。矛盾していると思われるかも知れない。言い換えると、あっちこっちへ行くのは好きだが、行く先々では急に怠惰になってしまい、そこでゴロゴロしていたくなるのである。自己弁護をするなら、その土地に行く目的は、あくまでその土地の人と話し、その土地の日常生活を観察するためであって、非日常的な観光地にはあまり興味がないということであろうか。
昨年はシカゴに行ったが、ずっと大リーグの野球中継を見ていた。今回も、Y子さんに、
「あなたは、走ってるか、お酒を飲んでるかどちらかね。」と鋭く言われてしまった。
とりあえず、辺りを少し歩いてみることにする。Y子さんのオフィスの近くはコリアンタウン、つまり韓国人街で、やたらハングルの看板が目に付く。それだけに汚い格好で日本人の私が歩いても違和感なく周囲に溶け込んでいる自信がある。韓国料理店があるのは分かるが、韓国人の医者、韓国人の弁護士事務所、韓国の貸しヴィデオ屋まであるのが面白い。「豆腐スープ」などという看板が出ていると、まだ腹が減っていないのにふらふらと入りそうになる。そのうちに辺りの雰囲気がなんとなく怪しくなり、失業中のお兄さんたちがたむろしているような場所に遭遇したのであわてて戻る。
今度は、地下鉄に乗って、高層ビルの立ち並ぶダウンタウンの中心に出かけてみる。近代的なオフィスビルのすぐ横が、メキシコ人街であった。安物の雑貨店と金細工の装飾品の店がずらりと並んでいる。この他に、チャイナタウンと、「リトルトーキョー」と呼ばれる日本人街があるらしいが、さすがにもう結構という感じ。
携帯電話でY子さんと連絡をとり、一緒に昼飯を食べようということになり、またスタート地点に戻り、アジア料理のモールで彼女と食事をする。「ポー」言うヴェトナムのウドンを食べた。そして、その後、何をしていたか。実は、市立図書館を見つけて、そこで本を読んだり、ウトウトしたりしていたのであった。ああ、なんたる「怠惰な旅行者」だと、自分でも思いながら。でも、そこの土地の人間のような顔をして、図書館で本を読んでいる気分も、自分では悪くないと思った。
午後、Y子さんの仕事終わるまで、しばらく彼女のオフィスの前の「スターバックス」でコーヒーを飲んで待つ。何と、店員のメキシコ人お兄ちゃんは私の名前を覚えていて、エスプレッソを注文すると、「はい、モトにエスプレッソひとつ。」と言ってくれた。コーヒーを飲みながら、道行く人たちを観察していた。そのとき、店にクリスマスソングが流れ出した。季節的にはクリスマスまであと一ヶ月を切っており、クリスマスソングが流れてもおかしくはない。しかし、通り過ぎる人たちのほとんどがTシャツで、ショーツの人も多い。「クリスマス」イコール「冬」、あるいは「ホワイトクリスマス」という固定観念があるヨーロッパから来た私には、「Tシャツとクリスマスソング」の取り合わせに何か納得できないものを感じた。