ダッチワイフの使用法

 

 月曜日、ロサンゼルスの市内を観光しようと思い立ち、朝、街中の職場へ向かうY子さんの車に乗せてもらった。ロサンゼルス南方のトーランスからダウンタウンに向かう高速道路(フリーウェイ)は片道六車線の平らでひたすら真っ直ぐな道である。そこにぎっしりと車が詰まっている。ロサンゼルスの交通渋滞のひどさは以前に聞いたことがあるが、よくこれだけの車があるものだと感心する。

 高速道路に入るとき、Y子さんが、

「今日はあなたが乗ってるから、カープールレーンが走れるわ。嬉しい。」

と言った。聞いてみると、一台の車に二人以上乗っている場合、「カープールレーン」という特別の車線が走れるそうだ。日本語に直すと「乗り合い車線」と言うところか。高速道路に乗るときも、他の車が信号待ちしている横を、カープール車線は止まらずにすりぬけて行けるし、高速道路上も、六車線のうち二車線分用意されているカープール車線は比較的空いている。その日は、いつも一時間かかる道を四十分くらいで走れたと言う。

「マネキンを買ってきて、助手席に座らせておけば、いつもカープールレーンを走れるよ。」

と私が冗談で提案すると、

「じゃあ、空気でふくらませる人形を用意しておくのがいいわ。フリーウェイに乗る前にそれをふくらませるの。」

Y子さんも話しに乗ってくる。

「じゃあ、ダッチワイフの人形を買ってこようか。」

と冗談で言うと、Y子さんは、ダッチワイフの人形は、下半身だけなので、役目を果たさないのではないかと言う。彼女の言うことはその用途から考えて一理あるが、私の記憶では、ダッチワイフは上半身もついていたと思う、と反論した。

 結論が出ないままに、ふたりで馬鹿な議論をしているうちに、彼女はバスケットの「ロサンゼルス・レイカーズ」の本拠地、ステイブルセンターの横でフリーウェイを乗り換え、ダウンタウンに入り、まもなく彼女の職場のあるビルに着いた。

早く着きすぎて始業時刻まで十分ほど余裕があると言うので、ふたりでオフィスの向かいの「スターバックス」へコーヒーを飲みに行った。カプチーノを注文すると、店員のメキシコ人のお兄ちゃんが私に何か聞いてくる。きょとんとしていると、

「あなたの名前を聞いているのよ。」

Y子さんが言った。どうしてコーヒーを買うのに名前がいるの。わけがわからないままに「モト」と答える。しばらくして、

「モトのカプチーノできたよ。」

とお兄ちゃんが叫んだ。受け取ると、紙コップに「MOTO」と書いてある。なるほど、そんなふうにするのかと納得。ところで、ロンドンにインド人で「クリシュナムルティカリアナラマン」と言う名の同僚がいるのだけれど、一度ここへ連れてきたいものである。