一流選手の条件
土曜日の朝、前日一緒にテニスをした(と言うのもおこがましい、お相手をしていただいたと言うべきか)Uさんから一緒に走ろうと電話があった。Y子さんが、私がマラソンランナーであることを彼に伝えたらしい。身体が資本の彼はよく独りで走っているという。パートナーがいると走っていて楽しいのはお互い様。私達は昼に近くの高校のグラウンドで一緒に走る約束をした。
そのグラウンドは真中がアメリカンフットボールのコートになっていて、周囲に土のトラックがある。すり鉢状の地形を利用した、結構立派なスタンドもある。横には七、八面のテニスコートもあり、高校としてはずいぶん設備が整っている。走っている人に、トラック一周の長さを聞いてみると四百四十ヤードとのこと。一ヤードは九十センチなので、通常の四百メートルトラックであることが分かった。
Uさんと二人で走り始める。
「好きなスピードで走っていいよ。僕が合わせるから。」
ロンドンで陸上クラブに入っている私は余裕のあるところを見せる。先ず十二周を目標に走り出す。Uさんは結構速い。さすがにテニスのプロだけのことはある。素人の走りではない。私の方は何か調子が変。それもそのはず、数日前まで、ロンドンで十度以下の気温の中で走っていた。今日はロスアンゼルスでは涼しい日らしいが、気温は三十度近い。暑さに身体が慣れていない。ウォーミングアップなのに、結構息が上がってしまった。
その後、四百メートルのインターバル走を八本。Uさんはしつこくついてくる。四本目にUさんが、「あー、もう限界だ」と言って走るのをやめた。私は内心ホッとしながら、残りを一人で走り切った。
その日の夕方、バーベキューをした。メンバーはY子さん夫婦とふたりの子供たち、それに私とUさん。米国人のご主人のBさんは、童顔で小柄だが、ハイスクールでは野球選手、更にマラソンを二時間三十分台走ったことがあるという、なかなかの猛者である。食事の後、酒が入った私たちの会話は、当然スポーツの話題になる。
Uさんが今、十代の女の子をテニスのプロに育てようとしているという話から「一流選手は常人とどこがちがうか。一流選手を作るのは、素質か、努力か。」という話になった。
「子供の頃は素質がものをいい、ある程度になるには努力が大切、でも本当に一流になるためにはまた素質がものをいうのでは。」と私が持論を披露する。Bさんが口を挟む。
「本当の一流選手になるには、五十パーセントの素質と、四十九パーセントの努力が必要かも知れない。でも、残り一パーセントはここがものをいうのだ。」
彼は、指で自分の頭を差した。同じ素質を持ち、同じ努力をしても、最後はメンタルな面でわずかに優れた者が勝ち残るということらしい。なかなか面白い主張である。
スポーツの話をしているうちに、皆が何となくスポーツをしたくなった。Bさんが明日の朝九時から皆でテニスをしようと提案。そう決まったのである。しかし、飲み過ぎたBさんはその約束を翌朝忘れてしまっていたのであった。