雨の休日

 

金沢に二泊して、木曜日の朝早く、京都に戻る。木曜日の午前十一時から、京都の病院で、心臓の専門医の診察を受けることになっていた。それで、十時半に京都に着く「サンダーバード」に乗ることにしたのだ。

義父の車で金沢駅まで送ってもらう。義父は荷物のある僕を先に降ろし、自分は車を駐車場に停めた後、ホームまで見送りに来てくれるという。何号車かと聞かれたので、一号車だと答える。

「機関車寄りやね。」

と義父は念を押した。ムム。最近は皆電車で、機関車は付いてないのだが。しかし、言いたいことは良く分かる。乗るのは福井寄りの先頭車だ。僕はこう言った昔風のコメントが何故か大好きだ。

京都の病院で心臓のエコーを撮ってもらった結果、幸い、服用している薬が効いていて、心臓は今のところちゃんと動いているとのこと。少し安心する。

翌日は朝から雨だった。朝起きて、便所の窓から狭い裏庭を見ると、密度の濃い雨が降っている。ロンドンの雨ではない。熱帯の雨だ。

朝食の後、午前中を、母とパソコンについての「質問と説明」の時間に充てる。俳句をやっている母は、時々パソコンを使うのだが、使っていて分からないことが色々あるそうだ。それを、この際一手に引き受けてお答えいたしましょう、と言うわけ。「一太郎」なんて、僕の使ったこともないソフトも出てくるが、案外何とかなるものだ。

昼前に母に教えてもらったプールへ行った。一回千円。安い。そして、とても清潔なプールだった。おまけに空いていて、また一コースを独占できた。ただ、お年寄り向けなのか、水温が高い。三十度以上ある。それで、長く泳ぐ人は暑さでバテてしまう。プールから出ると、運動の後と言うより、風呂上りの気分だった。プールは今出川新町にある。雨の中を歩いて帰ったら、すっかり濡れてしまった。

昼からは、ときどき父と会話をし、本を読み。ソファの上でウトウトする。外は相変わらず雨。たまにはこうして、半分起きて、半分寝ているような、時間の過ごし方も良いものだと思う。雨の日も、気分が落ち着いて、悪くない。

昼に、父が、僕にとっては突然、

「今日は夕食を食べにレストランへ行く。」

と宣言した。父は高齢と病気を理由に、もうどこへも出かけられないのが残念だと言っていたのだが。そんな気になるだけでも、良い事だ。

タクシーを予約し、五時過ぎに母と三人で、西大路の和風レストランに出かけた。まだ雨脚は弱まらない。レストランは、平日の早い時間なので、最初は僕たち三人だけだった。小皿に盛られた和風料理がいっぱい出てくる、スペイン料理で言うと「タパス」風のものを注文する。少食の三人には、量がちょうどよかった。

 食事を済ませ外に出る。タクシーを拾うとする。雨の日の夕方のこと、なかなかつかまらない。しばらくして、「二〇五」と書いたバスが来るのが見えた。父が、

「あれに乗るで。」

と言った。足が弱っているのに、バスに乗って大丈夫かなとも思ったが、タクシーも来そうにない。父は言い出したら聞かない人なので、言葉に従いバスに乗る。バスを降りると、やっと雨が上がっていた。バス停から家まで,十分ほどの距離を歩いた。父の歩く速度が、杖をつきながらとは言え、思ったより速いので驚いた。

金沢の祖母も父も、思っていたより元気そうだ。(本人たちはそれなりに大変なのだろうが。)それを見るだけでも、日本へ帰ってきた甲斐があるというものだ。

 

 

福岡へ

 

翌朝、土曜日、鴨川にサギが沢山いると母から聞いたので、カメラを持って行ってみる。残念ながらサギの姿は見えなかった。せっかく行ったのに。詐欺に会ったようなもの。雨の後、辺りは水蒸気で霞んでおり、比叡山や北山は見えない。

その日は、午前中の新幹線で、福岡まで行くことになっていた。福岡には姉が住んでいる。毎年、四月の復活祭の休暇に合わせて日本へ帰るのだが、今回は一ヶ月遅らせて帰国を五月にした。姉の娘、つまり姪のカサネが、五月末に結婚式を挙げるという連絡が来たので、それに合わせたのだ。しかし、二ヶ月ほど前に、姪は式を中止すると言ってきた。今日は、その姪が博多駅まで迎えに来てくれることになっている。きっと、その辺りの「詳しい事情」が聞けるのだろう。

京都駅から十時半の新幹線に乗る。京都と並んで、姫路、広島は外国人観光客のメッカ。下りホームには外国人が多い。彼らの殆どが、僕の持っているのと同じ「ジャパンレイルパス」で旅をしている。このパス、JRの全列車に乗れるが、「のぞみ」だけは例外という、変な制限がついている。「のぞみ」が少なかった頃はそれでもよかったのだろうが、長距離の新幹線の殆どが「のぞみ」になってしまった現在、東海道新幹線では、パスで乗ることのできる列車が極端に少なくなり、ややこしいことこのうえない。

今日も、京都駅のホームで、リュックサックを背負った外国人の若い女性が、駅員に乗車を断られて、右往左往している。聞いてみると、姫路へ行きたいと言う。同じホームで待って、次に来る岡山行きの「ひかり」に乗るようにと英語で教えてあげる。

何故この列車に乗れないのかと聞かれ、切符に「のぞみ」はダメと英語で書いてある旨を説明する。しかし、外国人の旅行者が、いちいち列車の愛称なんて覚えているわけがない。彼女は「のぞみ」という言葉を発音さえできなかった。ともかく、僕と米国人の彼女は次の「ひかり」に乗り、新大阪までの間、話をした。

新大阪で乗り換えて、一時半に博多に着いた。新幹線の出口に、ピンクのTシャツを来た姪のカサネが見えた。その横に、男性の姿が見える。彼が、彼氏と言うか、婚約者らしい。

その後、三人で食事をしたのだが、何と、彼らの別れ話に付き合わされてしまった。結婚は破談。僕はその証人になってしまったみたい。少しトホホだ。相手の男性は優しそうだが、どうも決断力に欠けるという印象。夫として、父親として、優しさだけではやっていけない時もある。決めるときには決めなければいけない。彼にそれが出来るかなと思う。

夕方に姉の家に戻り、義兄と姪、甥と五人で夕食。今日は姪の誕生日。寿司と共にケーキが登場し、彼女は明るく振舞っている。しかし、昼間の話があるので、どうも盛り上がらない、少し可哀そうな誕生日だった。

 

 

おでんの自販機

 

夕食後、久しぶりに会った甥と話す。彼も二十歳、「今時の若者」の代表選手みたいなもの。長らく日本を離れて「浦島太郎」状態の僕に、彼の話は色々と面白い。

彼は成人式の写真を見せてくれた。女の子が和服を着ているのは分かるが、男の子も羽織袴なのだ。それも、ピンクとかブルーとかド派手なやつ。それが最近の流行なのだと言う。写真はどう見ても「吉本漫才学校」の卒業式だ。その話を京都に帰って母にすると、最近は京大の卒業式でも、そんな格好の子が多いと言う。

彼は数年前ロンドンに来たことがある。彼がロンドンで驚いたこと、それは「コンビニ」と「自動販売機」がないということだった。

「コンビニも自販機もなくて、夜中に腹が減ったらどうすると?」

と彼が博多弁で尋ねてくる。我が家にも彼と同い年の息子がいる。彼がどうしているのかを一所懸命に思い出す。

「どうするんやろ。基本的に、冷蔵庫の中の物を飲んだり食ったりしているんやろね。朝起きたら、台所にビールの空き缶と、冷凍ピザの箱が散らかっていることがよくあるから。」

 田舎のコンビニというのは「商店」の役割だけではなく、地元の中高生の「溜まり場」としての役割もあると言う。夏なんか冷房が効いていて、「たむろする」にはうってつけの場所らしい。

「僕らが溜まり場にしとったコンビニ、他のお客さんが寄り付かんようになって、この前潰れたとよ。」

おいおい、店を潰すなよ。それから、姉も加わって、コンビニの「おでん」が意外に美味しいという話になった。

「最近は、『おでん』を自販機で買えるとよ。」

甥が言い出した。

「うっそー。」

と、思わず僕は女子高生的な返事をした。話を良く聞くと、自動販売機で「缶入りのおでん」が買えるとのこと。一瞬、お金を入れて、皿を構えて待っていたら、コンニャクやガンモドキが、ポチャンポチャンと落ちてくるのかと思った。

 甥から「おでん缶」食べ方のウンチクを聞く。

「まず、蓋をとるたい。おつゆが口まで入っとるけん、まずそれを少しこぼすか飲むかするとよ。そうすると、中に入ってる爪楊枝に手が届くけん、それを使って今度は具を食べるとよ。」

ふーん。僕は、甥に「おでん缶」の自販機のある場所を聞いた。明日、機会があれば、一度試してみたいと思ったのだ。

 

 

結婚式のDVD

 

 翌日は日曜日にも関わらず、姉と義兄は仕事に出かけた。甥までが、朝早く仕事に出て行った。残されたのは、僕と、前日縁談が潰れた姪のふたり。今日は、彼女の愚痴の聞き役と、慰め役になることを覚悟する。昼になり、彼女は、

「お父さんに会いに行くけん、一緒に来る。」

と聞いた。姉は一度離婚して再婚している。カサネの言う「お父さん」というのは、彼女の実の父親、僕の元義兄になる。「元義兄」、英語で「エックス・ブラザー・イン・ロー」なんていう言葉があるのかどうかは知らないが。じゃあ他人じゃん、と言われると反論できない。

 天気の良い、ちょっと暑い日曜日の昼下がり、福岡市城南区を、姪とふたりで歩く。歩きながらも、彼女と色々話をする。

 元義兄は写真館をやっている。カメラマンだ。彼の職場で、十数年ぶりに再会する。

「最近はちょっと糖尿の気があってね。」

とのこと。そう言えば、昔から甘いものが好きだった。しかし、まあ元気そうだ。白髪が多かったが、今は金髪に染めて、「ライオン丸」みたい。

 姪が父親に昨日の報告をする。元義兄も、

「それなら結婚はやめた方がいいね、また新しい、良い人を探しなよ。」

と、彼女の決断に賛成した。

最近は、結婚式をヴィデオにとって、それをDVDに焼くと言うのが結構商売になるとのこと。しかし、二時間半から、三時間はある披露宴の「完全版」ヴィデオを見るのは、本人たちと、その親ぐらいしかいないだろう。その他の招待者の人たちの為に、十五分くらいの「ダイジェスト版」を作るという。それが結構大変だけど、面白く、創意と工夫の必要な作業だそうだ。

興味があるので、ダイジェスト版DVDを数枚見せてもらうことにした。ヴィデオがスタート。最初、花嫁と花婿、その両親たち歓談をしながら、天井の高い廊下を歩いているシーン、望遠で撮ってある。式場に向かうところなのだろう。わざと斜めの構図になっている。スローモーション。音楽が静かに始まる。

見ていて、「音楽」のインパクトが、ものすごく強く、重要だということが分かってきた。バックグランドミュージックなんて言うものではない。音楽が「主」、それに合うシーンを、見つくろって貼り付けてあると言う感じ。つまり、MTVのミュージックヴィデオみたいなものなのだ。しかし、音楽には、依頼主の好みもあるだろうし、これはなかなか難しい仕事だ。しかし、ダイジェスト版はさすがにプロが作っただけあって、きれいにまとめてあるのに驚いた。

結婚が破談になった娘の前で、他人の結婚式のDVDを見ていると言うのも、変なシチュエーション。ちょっと可哀相だったかな。

翌日の朝、福岡を発った。天気は良かったが、黄砂で空が霞んでいた。結局「おでん缶」は買わなかった。

 

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