ジャッキー・チェンの妹

 

 日本では足で物を動かすのは行儀が悪いとされている。障子や襖を足で開けて、父や母に叱られたことを思い出す。(今では障子や襖そのものが少なくなってきたが。)料亭の仲居さんではないので、わざわざ跪いて障子を開けろとまでは言われなかったが、少なくとも、足、肘、膝、アゴ、頭ではなく、手を使って障子を開けないと、父には文句を言われたものである。男の私は小言を言われるくらいで済んだが、女である姉がそんなことをしているのを見つかったら、確実に怒鳴られていたであろう。

 しかし、足というものは、歩いたり走ったりする以外に結構使いでがあるものである。器用なものである。事故や、先天的な身体障害で手の使えない人は、足で字を書いたり、絵を描いたり、コンピューターを使ったりしている。足だけで車を運転している人もいる。また、ブラジルのサッカー選手などは実にいろいろな技を足で行う。私など、手でもできないようなことを。ちょっと古いがブルース・リーや、ジャッキー・チェンは、手よりも足の方をより効果的な武器として使っているように思う。数年前の007の映画では、中国の諜報部員役のきれいなお姉さんが、ジェームス・ボンドと一緒に戦っていた。彼女など、女性であるが、手以上に足が良く動く。その見事な足をふんだんに使って、ばたばたと敵をなぎ倒していた。うちの父が見たら、何と言うであろうか。

 

 昨年の年末の休暇に、日本から姉夫婦がロンドンに遊びにきた。日本からのちょっと気の利いた観光客のお決まりコースである、ウェストエンドのミュージカルをマティネ(昼の部)で見た後、ソーホーの中華街で夕食を取ることにした。チャイナタウンには何百という中華料理店が並んでいるが、(そこでは道路標識まで中国語で書いてある)その一軒のあまり大きくないレストランに私と姉夫婦は入った。

 その店では、一階と、二階の両方に客席があるが、厨房は一階にあった。ウェイターやウェイトレスは二階の客の料理を、階段を上がって運ばなくてはいけない。一回のホールと、階段の間には、両側に開くドアがあった。

 それほど細くはないが、デブと言うわけではなく、小柄で筋肉質の若いお姉さんが両手に皿を持って厨房から出てきた。彼女は階段に続くドアの方へ向かう。両手に持っている料理は二階の客のものであるらしい。両手がふさがっているのに、どうしてドアを開けるのかと興味を持って見ていると、彼女はまず鋭い蹴りを右側のドアに入れた。間髪を入れず同じ蹴りを左のドアにも入れる。その蹴りにより一瞬開いたドアの隙間へと、彼女は消えて行った。全てが両手に料理を持ったままである。姉も義兄も私も、あっけにとられてその様子を見ていた。

 僕らが驚いてみている様子を、店長らしき男性は気がついたようである。彼は私たちのテーブルに近づいてきた。店員の行儀の悪さを詫びるのかなと思っていると、彼は言った。

「あの娘は、ジャッキー・チェンの妹なんです。」