バナナの葉の上のご馳走
二階の大食堂には、何列ものテーブルが並んでいた。客は一列に並べられたテーブルの片側に座り、反対側を給仕の人間が行き来している。私とMさんがテーブルに就くと、まず三十センチ四方程度に切られたバナナの葉が前に置かれた。食事はそのバナナの葉の上に盛り付けられるのである。金属のコップに水が注がれる。
Mさんはコップの水に指を浸すと、その水をパサッとバナナの葉の上に振りかけた。そして手で水を満遍なく広げた。こうすると、食べ物が葉にくっつかなくて都合がいいそうだ。Mさんはいつ洗ったかも分からぬ手で、私の前の葉にも同じことをしてくれた。
眼を上げると、向こう側に食事の入ったバケツを片手に、おたまをもう片手に持った給仕が勢ぞろいしていた。皆腰に布を巻いただけの上半身裸の男たちである。かれらは、順番に私の前を通過し、その度に異なった食事をおたまでバナナの葉の上に乗せていってくれる。ひとつひとつの量は少ないが、あっと言う間にバナナの皮の上は十種類以上の食物でいっぱいになった。
Mさんがこうして食べるのだと見本を見せてくれる。白いご飯に全てをグッチャグッチャと混ぜて、右手の指ですくって口に入れるのである。私も真似をして右手で食べ始める。彼らは菜食者なので、全ては野菜と果物から作られており、スパイスがよく効いて、ココナッツの香りがして、味はよい。また、彼らは酒を飲まない。飲み物は水である。
「箸で食う方が簡単だね。」
などと隣のMさんに言いながら、苦労して手で食べ物を口に運んでいると、周りの様子が少し変。料理人から給仕人が私の周囲に集まって、私が食べているのを珍しそうに眺めているのである。「ブリリアント。美味い。」と私が彼らに言うと、彼らは嬉しそうな顔をした。料理人は約二十人、この三日間泊まりこんで、ひたすら食事を作っている。
インドでは食事に気をつけろと言われた。また生水は絶対飲むなとも。しかし、盛り付けはバナナの葉、おまけにMさんの手ですくった水がばら撒かれている。こうなると毒を食らわば皿まで、気にしてはいられない。とにかく自分の腹を信じて食っていくしかない。あとで持参の正露丸を貪り食うことにしよう。
右手で水の入ったコップをつかもうとすると、Mさんが止める。手が逆だという。コップは左手でつかまなくてはならない。インドでは右手は清い手、左は不浄の手。使い方が決まっている。食事は必ず右手。トイレで尻を洗うのは左手。子供の頭を間違っても左手でなぜてはならないと聞かされていた。
インドで野球のチームが出来たが、ピッチャーは皆右投げ、サウスポーはいない。何故なら不浄の左手で投げたボールは審判がみな「ボール」と判定してしまうから。これは、そのとき思いついた冗談である。
二日間手で飯を食っただけで、右手の指に、スパイスの匂いが染み付き、それはインドを去ってから一週間くらい取れなかった。