駅へ

 

 午後九時にホテルのチェックアウトを済ませて、また三輪バタバタタクシーに乗り、夜行列車が出るエグモア駅に向かう。この時間になるとさすがに気温は少し下がり(と言ってもまだ三十度はゆうに越えているが)、顔にあたる空気が心地よい。

 早朝ホテルに着いてから少し眠ろうと思ったのだが、何故か興奮して眠れず、さりとて四十度の気温の中、外に出る気にもならず、ベッドの上で本を読んだり、ゴロゴロして過ごしていた。

 午後四時頃に、ホテルの外に出て、近くの商店街を歩いてみた。歩道は座り込んでいる人たちや、寝転んでいる人たち、物売りの露店で占領され歩けず、車道を歩くと、そこは車、バイク、自転車、人間が無秩序に行き交う。この土地に交通ルールは存在しないのだと実感した。

 また、店に並んでいるのも、雑貨や装身具が多く、およそ今の私には興味のないものばかりである。おまけに、物乞いの女や子供がしつこくまとわりついてくる。湿気を含んだ暑さとあいまって、汗だくになった私は、一時間ほどで疲れ果ててホテルに戻り、冷房の効いた部屋に戻って、またベッドに寝転がった。

 エグモア駅に着く。駅の前にはバラックみたいな食べ物屋が並んでおり、人々が列を作っている。日本の戦後の闇市は、多分こんな雰囲気だったのかなと想像した。駅自体はレンガ造りの建物、長い長いプラットフォーム、凝ったデザインの手すりの付いた跨線橋、京都の旧二条駅に似た雰囲気の、古式ゆかしいものである。プラットフォームでは、何百人の人たちが地面に座り込んで列車を待っている。発車時刻表を見ると、私の乗るツリチー行、「ロック・フォート・エクスプレス」の他、ほとんどの長距離列車が夜行列車である。

 十時になり、私の乗る急行列車が極めてゆっくりとしたスピードで滑り込んでくる。窓が小さい。私の乗るのは、AC車(エア・コンディションド、つまり冷房付)の寝台である。指定席なのでのんびり乗り込めばよいが、自由席の椅子席なんかは、列車が停まる前に、もう人々が我先に乗り込んでいる。車両の横幅が広い。指定席では、乗客の名前入り座席表の紙が車両の外側に糊でベタッと貼り付けてあった。

右側に四人が向かい合わせに座り、左側は二人が向かい合わせ。寝台になると、右側の四人のうちふたりと左側のひとりが上段のベッドに上り、残りの人には座席がベッドになる。

 私が降りるのは「スリランガム」と言う駅である。検札にきた車掌に、スリランガムに着く時間を聞くと、午前四時半とのこと。これから五時間は眠れることになる。私は上段の寝台によじ登り、鞄を枕に横になった。今日は本当に寝転がってばかりいる。睡眠薬代わりに、免税店で買ったレミー・マルタンをラッパ飲みした。

 列車はいつしか、何の前触れもなく動き出していた。ゆっくり走っているのか、全然揺れない。その後、何回かブランディーをラッパ飲みしている間に私は眠りに落ちた。