三輪バタバタタクシー

 

 飛行機は午前四時半にチェンナイに着いた。入国審査を受ける。ヴィザはしっかり取得してきているので問題なし。次に金を替える。二百ポンド(約三万五千円)を窓口に差し出すと、百ルピーと二十ルピーの「札束」がドーンと戻ってきて、うろたえた。二つの札束の厚さは各々一センチ以上、とても財布に入りきらない。仕方なく、財布に少し、首から掛けている袋に少し、残りは鞄の中の靴に押し込み、その上に靴下を詰め込んだ。インドでは置き引き、引ったくりが多いから、荷物は少ない方がいいという友人のアドバイスに従い、今回の荷物はスポーツバッグひとつ。行動するには誠に都合が良い。

 結婚式を挙げるKが、私の取るべき行動をEメールで知らせてくれていた。それによると、私はホテルからの迎えの車に乗り、指定されたホテルへ行き、そこで列車の切符を受け取り、夕方まで休んで、夜十時半に夜行列車に乗ることになっていた。

 空港の外に出る。朝六時前だというのに、大勢の人間がたむろしている。当然のことながら、皆インド人の顔をしている。空気は湿気を含みムッと熱い。気温は三十度くらいか。あちこちで、人が死んだように眠っている。その人間を踏まないように注意しながら、人ごみを掻き分けて迎えの人間を捜す。見つからない。仕方なくタクシーを拾うことにする。

 タクシーを捕まえるのに苦労はいらない。黙っていても客引きの運転手が寄ってくる。一人の腰巻をした運転手に、街までいくらかと聞く。六百ルピーとのこと。これも友人の、「とりあえずタクシーの運転手とは相手の言い値の半額で交渉せよ」というアドバイスに従い、三百で行けと言う。結局、四百で手を打った。

 それはタクシーではない。オートバイの後ろの車輪を二つにして、そこに座席をつけたもの。三十年くらい前、日本に「ミゼット」という三輪でオートバイとトラックのあいのこみたいなものがあったが、あれに似ている。ともかく、私はその三輪バタバタタクシー(後で「オート」と呼ぶことを知った)の後部座席に乗り込み、ホテルへ向かった。空がだんだんと白み始め、辺りの様子が見えてくる。

 車が突然道からそれて、道端のガソリンスタンドらしい所に停まった。運転手が振り返り、ガソリンを入れるから金を出せと言う。「アホ、なに言うてんねん。ガソリン代は代金に込みやないけ。」と私の英語は思わず大阪弁になる。運転手は違うと言う。まだインドの習慣が分からないので、とりあえず百ルピー(二百円)だけ出してやる。運転手はそれを受け取り、ガソリンは入れずにまた走り出した。何のことはない、私に金を払わせるためのパーフォーマンスだったのだ。街に入る。朝六時半というのに、人通りが随分多い。日本の出勤時間のピークのような感じさえする。一方、道端には眠っている人間が河岸のマグロのように転がっている。あちこちを牛がノソノソ歩いていて、ゴミ箱から餌を漁っている。豚まで散歩している。イノシシのように黒い豚である。

 三輪バタバタタクシーがホテルに着いた。金を払いながら、「あんた、朝からいい商売したな。」と言うと、運転手は黒い顔に白い歯を見せてニヤリと笑った。