ハグとキス

 

 ヨーロッパの空港のあちこちで見られるのが抱き合い接吻をする人たち。久々の再会、しばしの別れに際して、こちらの人間は男も女もハグをしてキスをする。特に激しいのが、トルコ人であろうか。男同士でも、ヒゲ面をくっつけ合って、ブチュッとキスをしている。

 今年の夏、知り合いのドイツ人の娘さんが我家に滞在することになり、私が彼女を空港に迎えに行った。出口で待っていると彼女が出て来るのが見えた。

「ハロー・ノラ」

(ノラと言うのは猫の名前でなく、その十七歳の娘の名前である。)

そう叫んで手を振ると、彼女は私を見つけてこちらへやって来て、私に抱きついて、ホッペタにチュッとキスをしてくれた。例え儀礼的なものでも、十七歳の可愛い金髪娘にキスをしてもらうのは、とてもいい気分。うらやましいでしょう。

 キスとハグを持って愛情を表現する習慣は、家庭内でも日常的である。行き過ぎた現地同化政策から、完全に現地人化してしまった我家においては、キスとハグは日常的に行われる。妻は、久しぶりに会った人、しばらく会えない人なんかとは、必ず玄関抱き合っている。相手が男性であったも。

私も朝出かけるとき「行ってきます」のキス、夕方帰ったとき「ただいま」のキスを妻とは交わすし。娘も、「おやすみ」のキスをしてくれる。はっきり言って、十四歳の娘が口にキスしてくれるのは、悪い気分じゃない。「こっち(ヨーロッパ)に住んでいて、ホントによかったー」と思う瞬間である。日本じゃ、中学生の娘さんて、お父さんにキスなんかしてくれないよね。 

米国に住んでいる友人のY子さんも、ハグとキスという愛情表現があるのは、とってもいいことだと言っておられた。特に、大きくなった子供と抱き合えるというのは、親にとっても、子にとっても、情操教育と心の安定に、大きく寄与していると思う。

でも、英語を話しながら、ハグとキスをするので、「サマ」になるのである。日本語とハグとキスは余りあわないような気がする。その証拠に、映画のキスシーンで、吹き替えの日本語がとても不自然に感じられこと、ありませんか。

日本人同士で、女性を相手に試みたことがある。一年前、ドイツに単身赴任しているとき、若い女性の同僚をデュッセルドルフ空港へ送って行った。彼女は日本人である。別れ際、彼女に

「ねえ、お願い、ハグしてよ。」

と頼んでみた。彼女は、「しょうがないおじさんね」と言う顔をしながらも、腕を私の背中に回してパタパタとたたいてくれた。私も彼女にキスをした。

 その後、ふたりとも何となく照れくさい赤い顔をして別れたのであった。外国映画の一シーンは、どうも日本人には似合わないみたい。