「贈り物」

Geschenkt

2014年)

 

 

<はじめに>

 

元妻のコネで入社した無料新聞の編集部で働く二流、いや三流ジャーナリスト、酒浸りのゲロルト・プラセック。十五年前の一夜の関係で出来たという十四歳の息子、マヌエルの世話を押し付けられることになる。ところが、彼が書いた記事の切り抜きを添えた多額の寄付が寄せられることから、時の人になってしまう。

 

<ストーリー>

 

ウィーン。ゲロルト・プラセックのオフィスで、十四歳の少年マヌエルが宿題をしていた。ゲロルドは四十三歳、無料配布の新聞「ターク・フュア・ターク」の小さなコラムを担当している。数週間前、ゲロルドは十五年前、短期間の関係を持ったアリスという女性から、十五年振りにコンタクトされた。彼女はゲロルトと別れた後医学の道に進み、現在は「国境のない医師団」で働いていた。彼女は、ソマリアへ行く半年間、息子のマヌエルを午後預かって欲しいと言う。マヌエルは叔母のユリアの家に住むのだが、午後はエアロビクスのインストラクターの叔母の家でセッションが行われるという。ゲロルトはその突然の要請に驚くが、マヌエルが自分の息子だと聞かされては、引き受けざるを得ない。マヌエル自身には、ゲロルトは「母親の昔からの親しい友人」として説明されていた。ゲロルトは何度か、マヌエルとの会話を試みるが、思春期、ティーンエージャーとのマヌエルとの会話は容易ではなく、ゲロルトのイライラは増すばかりである。

ゲロルトはある日編集長に呼ばれる。編集長はゲロルトの書いた記事の切り抜きに、マーカーで印を入れていた。いつもは、それはゲロルトにとって悪い知らせであった。しかし、この日は違っていた。ゲロルトの書いた、「ホームレス救済施設に対する市の予算削減」の記事に対して、反響があったという。一万ユーロという多額の寄付が、匿名で施設に贈られ、その中にゲロルトの書いた記事の切抜きが添えられていたというのだ。その金額、また匿名ということから、その寄付は新聞社で話題となる。しかし、編集長は、今後その件の担当として、ゲロルトではなく、ゾフィー・ランブシェックという女性記者を充てる。

ゲロルトは幼馴染であった妻のグドルントと離婚してから、独りで暮らしていた。彼のアルコール消費量は増えるばかりである。彼は毎夜、ゾルタンというハンガリー人の経営する飲み屋に行き、そこで飲み友達と話していた。匿名の寄付は、飲み友達の間でも話題となる。ゲロルトは、別れた妻、グドルンとの間に、十五歳になるフロレンティーナという娘がいた。彼は、時々、別れた後実業家、ベルトルト・ヒレと再婚した元妻の家を訪れ、娘と、彼女の夫と一緒に時間を過ごしていた。幸いなことに娘とゲルトルトの関係は良く、娘は彼を慕っていた。

数日後、再び一万ユーロの寄付が匿名でなされる。今回は、出資者を失い、閉鎖の危機に晒された学童保育施設「四葉のクローバー園」に対するものであった。今回もゲロルトの書いた記事がその寄付に添えられていた。施設の経営者から感謝の手紙を受け取った編集長、ノルベルト・クンツは上機嫌で、編集部の全員にシャンペンを振舞う。そして、担当のゾフィーに謝辞を述べる。しかし、記事は実はゲロルトによって書かれたものであった。匿名の寄付者は誰なのか、町中に色々な憶測が流れる。

マヌエルのつっけんどんな態度に頭に来たゲロルトが、

「俺がきみに何か悪いことでもしたと言うのか。」

と問い詰める。

「母親はあんたのことをクールで親切な人だと言ったけれど、あんたの着ているものの趣味は最低、やっている仕事も最低、車も自転車さえも持っていないし、何より酒臭い。あんたは人生の落伍者だ。」

とゲロルトの悪口を並べ立てる。

「酒は臭くない!」

言いたいことを全て言い合って、ふたりとも少しスッキリした気分になり、それからふたりの関係は少し好転した。ゲロルトは子供の頃から歯医者に行くのが死ぬほど嫌だったが、マヌエルに頼まれて、仕方なく彼を近くの歯医者に連れて行く。そこで彼は、女性の歯科医レベッカ・リンズバッハと会う。ゲロルトは、レベッカに一目惚れしてしまう。

「今度は私と・・・」

と言いかけたゲロルトの言葉をレベッカは誤解し、ゲロルト自身の予約をしてしまう。ゲロルトは死ぬほど恐れていた歯医者に行かねばならなくなるが、少なくとも憧れの女性と定期的に会うきっかけはできた。

二件続けての一万ユーロの寄付を報じられて、世間の目は、無料配布新聞「ターク・フュア・ターク」に集まる。人々の間に、匿名の寄付者が誰であるかという憶測が乱れ飛ぶ。それは一種の社会現象と言えるものであった。

銀行から全財産を下ろしたばかりの老女が、金の入ったハンドバッグを、何者かにひったくられるという事件が起きる。ゾフィーが書いたその事件に関する記事を、ゲロルトが直し、それが新聞に載る。果たして、今回も「匿名の寄付者」が現れる。何者かが、老女の家に一万ユーロの現金の入った郵便を送りつけたのだ。老女はそれを警察に届ける。今回もゲロルトの書いた新聞の切抜きが金と一緒に封筒に入っていた。

しかし、謎が深まり、ゲロルト自身、素直に喜べない状態になってきた。ゲロルトの書いた記事には、老女の名前や住所は載せていなかった。寄付者はどのようにして彼女の指名や住所を知ることができたのだろうか。何故、寄付者は星の数ほどある記事の中から、ゲロルトの書いた記事だけに反応するのだろうか。ゲロルトは母親を訪れる。母親も、ゲロルトの書いた記事で、寄付者が現れ、弱い人々が救われていることで、息子を誇りに思うと言う。

数週間後に、第四の寄付が送られてくる。今回も一万ユーロで「ターク・フュア・ターク」の切抜きが添えられていた。しかし、今回はウィーン市内でなく、別の町の出来事であった。最初はお祭りムードであった新聞社も、次第に事態の深刻さに気付き、担当のゾフィーも、編集長ノルベルトも、緊張の日が続く。

ゲロルトは生まれて初めて、自らの意思で歯医者を訪れる。歯科医のレベッカは、ゲロルトの歯がひどい状態なので、今後も引き続き治療が必要だと告げる。娘のフレレンティーナがゲロルトを訪れ、ボーイフレンドでミュージシャンの男と一緒になるために、学校を辞めたいと言い出す。彼女は、ボーイフレンドと一緒に二週間キューバへ行きたいと言う。ゲロルトは、自分も一緒に行くことで、娘の願いを叶えようとする。本当は飛行機に乗ることを、歯医者に行くのと同じくらい怖れていたのであるが。

バスケットボールのトレーニングを終えて、ゲロルトのオフィスにやってきたマヌエルだが、その日は元気がない。ゲロルトがどうしたのかと問いただすと、マヌエルは泣き出す。バスケットボールチームのポイントゲッターであるマフムートがいなくなったという、チェチェンからの難民であるマフムートの家族、パーイェフ一家は六年前にオーストリアに来て、亡命申請をしていた。今回それがオーストラリア政府により拒絶され、チェチェンに強制送還されることが決まったという。それを逃れるために、パーイェフ一家は地下に潜らなければならなくなり、大切なトーナメントの決勝戦を前に、マフムートは練習にも、試合にも来られなくなったとのことだった。マヌエルはゲロルトに、何とかマフムートが試合に出られるように、キャンペーンをしてくれと頼む。ゲロルトはそれを引き受ける。

マヌエルを通じて携帯電話でマフムートに取材をし、ゲロルトは一世一代のキャンペーン記事を書き上げる。問題はそれをどうして新聞に載せるかということであった。記者として余り優秀だと思われていないゲロルドは、長い記事を書かせてもらえない。彼は一計を案じ、同僚の社会面担当のゾフィーに一日だけ病気になってくれるように頼む。ゾフィーはしぶしぶ翌日会社を病欠する。穴の開いた社会面にゲロルドは自分の書いた記事を載せようとする。しかし、彼の記事は、

「オーナーの移民に対する考え方に逆行する。」

ということでボツになってしまう。そこことを編集長、ノルベルトから聞かされたゲロルドは激怒して、会社を辞めると言って部屋を出て行く。彼は、記事が新聞に載らないことをマヌエルに伝える。マヌエルの落胆振りを目にしたゲロルドは自分の取った行動に後悔する。それに追い討ちをかけるように、マヌエルの叔母にユリアから、

「せっかく父親として、息子と付き合うチャンスを与えてあげたのに、つまらない意地でそれを台無しにした。」

と非難される。

ゲロルトは他の新聞に当たってみることを考える。彼は左翼的な新聞「ノイツァイト」の編集長、クララ・ネメツに、記事を見てくれと頼みにいく。最初は懐疑的だったクララも、その記事が気に入り、翌日の新聞に載せることを約束する。翌日、マフムートと彼の家族のことが新聞に載る。ゲロルトとマヌエルは、大喜びをする。クララはまた、二日後にフォローアップの記事を書くようにゲロルトに言う。月曜日の新聞に、ゲロルトの書いた記事が載る。

クララから至急会いたいとの電話を受け、ゲロルトは新聞社へ向かう。今度は「ノイツァイト」社に新たに一万ユーロの匿名の寄付が届けられたという。新聞社が変わったのに、まるでゲロルトの後を追うように。ゲロルトとマヌエルはそれを神父の家に匿われているマフムートの家族に届けにいく。彼らはその金で弁護士を雇い、強制送還停止の抗告がなされ、当分オーストリアに滞在できるようになる。

書いた記事が次々と反響を呼ぶので、ゲロルトは時の人となる。彼が密かに好意を抱いているレベッカも、彼の記事を読んでおり、彼のことを褒めちぎる。ゲロルトは思い切って彼女を誘い、彼らは夕方カフェで会うことになる。

ゲロルトはまた、が貧しい人に利用されている不用品交換所が、家賃の高騰のために店を閉める危機に直面していることを記事に書く。カフェで会った、貧しい人のために安価な診療を続けたいが、器具が老朽化しているものの、それを更新する金のないことを告げる。ゲロルトは、それを記事に書く。それら両方の記事に対しても、一万ユーロの寄付が届けられる。また、彼の記事を読んだ、隣人や別の人々も、寄付を申し出る。

ゲロルトは有名人になり、取材の依頼が舞い込む。彼を「今年の人」として取り上げようとする雑誌も現れる。マスコミの移ろいやすさを知っているゲロルトは、自分は「今年」では「今の一分間」の人がせいぜいであると考える。マヌエルはゲロルトのアシスタントとして、彼の右腕となり、資料集め、メールの整理等の、事務も引き受ける。マヌエルはゲロルト宛のメールの中に、寄付者の素性を明かすような、奇妙なメールを二通発見する。

彼は、マヌエルとマフムートが出場するバスケットボールの決勝戦にレベッカを誘い、彼女もそれを受け入れる。バスケットボールの試合で勝ち、マヌエルのチームは優勝する。その観衆の中に、ひとり、白い背広という場違いな格好をした男がいた。その男はゲロルトに近づき、自分は新聞記者のトーマス・リープクネヒトで、ゲロルトの元妻、グドルンの再婚相手である実業家、ベルトルト・ヒレの脱税、不正蓄財の件を調査しているという。ヒレとの関係を問いただすリープクネヒトに対して、ゲロルトは立ち去るように言う。

翌日、リープクネヒトの書いた、

「匿名の寄付はゲルトルト・ヒレのものであり、その金は汚れた金である。」

という記事が新聞に載る。ヒレがリヒテンシュタインに脱税のために口座を持っており、その口座から、最近一万ユーロ単位で金が引き下ろされているのが証拠だという。ゲロルトは、ヒレの妻の元夫であるだけに、共犯と見なされ、非難の矢面に立つことになる。また協力者であったマヌエルも学校で、同級生たちから後ろ指を指される立場になる。

更に悪いことが重なる、ゲロルトは自分が、父親であることを近々マヌエルに告白し、その後は父子として生きていこうとしていた。そんな矢先、マヌエルの叔母のユリアがゲロルトのアパートを訪れ、マヌエルの母アリスが近々再婚する予定であり、一度に二人の父親が登場するのはマヌエルにとって負担が重過ぎるという理由で、ゲロルトに父親であることをマヌエルに伝えることを思いとどまってくれと伝える。ゲロルトはやけ酒を飲む。

その夜、ゲロルトはレベッカと会う。歯科医は、彼に引き続き、記事を書き続けていくように励ます。また、自分もゲロルトに好意を持っていることを伝える。

ベルトルト・ヒレは、自分が寄付者であることを否定し、リヒテンシュタインの口座から引き出された金は、ロビーイング、裏工作のためであると言う。しかし、その使途については言うことができないという。ゲロルトは、自分が更に社会の弱者を支持する記事を書き続け、その結果寄付が続けられれば、自分の正当性が強調されることと考える。編集長のクララもその考えを支持する。

ゲロルトは、絵に対する特殊な才能のある知恵遅れの少女を、美術学校へ送ろうというキャンペーン記事を書く。しかし、今回は一万ユーロの寄付は届かなかった。それどころか、マスコミの矢面に発った少女の里親が心労で倒れてしまう。ゲロルトは身銭を切って、その家族を助けようとする。彼が自分の貯金や元妻金からの借金をかき集めて再び少女のところに向か。ところが、少女宛に既に一万ユーロの寄付が届いていた。これで、寄付者が元妻の夫のベルトルトでないことははっきりとした。

ゾフィー・ランブシェックがゲロルトを訪ねて来る。彼女は独自の調査で、寄付者をつきとめ、その女性に電話を架けそれを確認したという。その女性は、自分の素性を明かさないことで情報を提供した。しかし、ターク・フュア・タークの編集長は、その人物の名前を公表することに固執する。そのため、ゾフィーは会社を辞めるといって新聞社を出てきたという。彼女の依頼は、ニュースソースを無理矢理明かすように強要されている自分を記事にして欲しいということであった。既に架空のインタビューまで用意されていた。ゲロルトがクララに記事の掲載を依頼するが、クララは、その寄付者の名前を公表しないが、自分に伝えることを掲載の条件にする。そして、その女性の名前が、アルマ・コードゥラ・シュタインであることが分かる。その女性は踊りの振付師で、現在ウィーンで公演を行っていた。

ゲロルトとマヌエルはシュタイン夫人を訪れる。彼女は、かつて著名なダンサーであった彼女は、頂点に立つと同時に目標を失い、酒とドラッグで身を持ち崩し、道路に倒れているときに、ホームレスの施設に収容された。それがきっかけで社会復帰を果たし、振付師として成功するに至った。そのときに世話になったホームレス収容施設が閉鎖の危機に晒されていることを読み、一万ポンドの寄付をしたという。しかし、彼女は自分が寄付をしたのは最初の一回だけで、二回目からは自分ではないという。ゲロルトとマヌエルの「匿名の寄付者」捜しは振り出しに戻る・・・

 

<感想など>

 

 グラッタウアーのこれまでのどの作品もそうだったが、今回もユーモアに溢れ、ホロリとさせる場面もあり、謎解きの要素もあり、読後感の良い結末も用意されている。本当に、この作家の才能には感心させられる。

 まず、突然に自分に十四歳の息子がいるとかつて関係を持った女性から知らされ、その息子を引き受けることになったという設定。息子には、自分のことは「昔からの親しい友人」と紹介されている。父親ということで、何とか息子との接点を持とうと努力するゲロルトと、ちょうど「難しい年頃」のマヌエルとの会話が面白い。

「ビートルズとストーンズのどちらが好き?」

という質問に対して、

「どうして僕はその質問に答えなくてはいけないの?」

と反問が来る。最後まで延々と繰り返されるこのパターンが面白い。しかし、だんだんとゲロルトとマヌエルの絆は強まっていく。どちからと言うと、十四歳のマヌエルのお陰で、ゲロルトが達成感と責任感を覚え、成長させられていくという設定が面白い。

 次に、「匿名の寄付者」は誰なのか、何故、寄付者はゲロルトの書いた記事だけに反応するのかという謎と、その解明がこの物語に、推理小説的な要素を与えている。途中、元妻の夫で実業家のベルトルトと、ホームレス救済施設によって命を救われた女性振付師の名前が挙がるが、もちろん彼等ではない。実は、私には半分くらい読んだ時から、寄付者の正体の予想がついていた。最後まで読むとやはりその人物だった。本格推理小説ではないので、それほど「捻って」はいないということだけ書いておこう。

 物語はゲロルトの視点で語られており、「私」という一人称で書かれている。奇妙な引用あり、独特の観点からの観察があり、各章に笑わせる場面、表現が最低一カ所は用意されている。グラッタウアーの作品としては異例に長い、三百五十ページに渡る大作であるが、笑っているうちにいつの間にか読み進んでしまい、長さを感じさせなかった。ユーモア小説であるが、一本筋が通っているのが、グラッタウアーの強みだと思う。

 人間、子供でも、友人でも、成長している姿を見るのは、何となく清々しいものだ。物語の中で「成長」していく四十三歳のゲロルトの姿が描かれるが、それがこの物語に、清々しい読後感を与えている。原題の「Geschenkt」は「贈るschenken」の完了形であり、「贈られた」という意味になる。「贈り物」と訳したが、これは「寄付」を表すと共に、ゲロルトが他人から受けた好意とポジティブな影響も含んでいると思う。

 グラッタウアーの作品、「北風の吹く夜は」と「七番目の波」の英語版を娘にクリスマスプレゼントに贈った。面白かったという。この本も、日本語訳や英語訳が出たら、すぐさまお勧めしたい。

 

20161月)

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