豚の指関節

昼食にブラウハウスに入る。

 

 僕たちの予約していた「ホテル・クラウン」は、ハンザリンクというメインストリートに面した、薄いピンク色の建物であった。角部屋で二十畳はあり、出窓がついており、壁も濃い色のニスの塗られた板張り。なかなか落ち着いた良い部屋だ。

 ホテルに荷物を置いた後、息子と三人で食事に出かける。今日の段取りは、一年間だけであるが、ケルンの住人である息子に全てお任せ。Uバーンにまた一駅乗って、大聖堂まで戻り、そこからアルト・シュタット(古い街)に入る。息子は水色に塗られた「ブラウハウス」の中へ入っていった。「ブラウハウス」というのは本来「醸造所」という意味であるが、最近はビール会社直営のレストランである場合が多い。そこの「ブラウハウス」はジオンというケルシュ・ビールを造っている会社の経営するレストランであった。

 中は外から想像できないくらい広い。濃い色の木組みに白い漆喰の壁、テーブルも机も良く使い込んだ木製で、ドイツのレストランの伝統が忠実に守られている。午後二時過ぎ、昼食の時間が終わったせいか、空いた席を見つけるには困らない。席に着き、妻と僕はケルン名物ケルシュ・ビールを、明日のハーフマラソンの為に「節制」しなくてはならない息子はダイエットコークを注文した。

 ケルシュ・ビールは、文字通りケルンの地ビール。直径わずか四センチ、高さ十五センチほどの、二百ミリリッターしか入らない細いグラスで供される。基本的に日本のラガーに近い味だが、色も薄めで、もっとあっさりとして、後味が良い。それで、グラス十杯くらいは、立て続けに飲めてしまいそう。事実、息子たちは、一度に十杯くらいは、平気で飲んでいるそうであるが。

「明日のためにちょっとは練習したの。」

と息子に尋ねると、二十キロを二回走ったとのこと。また最近は酒も控えているとのこと。そう言えば、二月に会った時より息子の身体はかなり絞れているように見える。明日の目標タイムは一時間四十分を切ることだそうである。僕が何年ものブランクの後、四十台になって初めてドイツでハーフマラソンを走ったとき(デートレフと一緒に!)一時間四十二分だったことを考え合わせると、妥当な目標である。

 料理を注文する。僕は名物の「ハクセン」、妻は「ソーセージ」、息子は「何とかゲシュニッツェルテス」を頼む。「ハクセン」と言うのは骨付きの豚肉の塊、「ハクセン」は英語の「ナックル」に当たるので、指関節と言うことになる。野球で「ナックルボール」は、ボールを指の関節に当てて投げる。しかし、豚に指関節があるのか疑問。日本で食べる「豚足」を考えてしまうが、「ハクセン」は豚足とも違う。どちらかと言うと、そのひとつ上の「膝関節」の部分らしい。

 料理が出てくる。ハクセンは柔らかく煮込んであって美味い。妻のソーセージも非常に「肉々しくて」美味しそう。息子の料理は「ストロガノフ」風である。息子にはちょうど良い量かもしれないが、妻と僕は、全部食べられるか自身が持てない量であった。

 

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