赤いポロと田舎のホテル

ドイツで乗っていた赤いポロ。

 

 午前中の打ち合わせを終わった後、カロラ、クリスティアンと連れ立って、会社の向かいの「ポスト」の食堂へいく。会社の向かいは「ドイチェ・ポスト」(昔は郵便局だったが今は民営化されている)の集配所。そこの食堂を、うちの会社は共同利用しているのである。いつものようにカロラが一オクターブ高い声でお喋りをし、クリスティアンが時々コメントを挟みながら、ニコニコとそれを聞いているパターン。まさに「ボケ」と「突っ込み」、漫才コンビにしたいようなふたりである。食事の後カロラは帰って行った。

 一時半から、仕事を始める。アンディの言っていた「コミュニケーションとオーガニゼーションの簡単な仕事」とは随分話が違う。プログラムをテストすると言うが、最初は不具合が多すぎてテストにならず、その不具合を一個一個解きほぐしていかねばならない。他人の書いたプログラムを読んで理解していくのは難しい。自分で一から書いた方が早いと思う時さえある。ともかく、今日のところはプログラムを解析し、不具合を発見し、それを虱潰しにしてくしかない。僕はクリスティアンの隣に座りその作業に没頭し始めた。

 三時半ごろ、デートレフが車の鍵を持って僕の席に来た。

「モト、きみの車の用意ができた。」

彼と玄関前の駐車場に行く。重役連の黒っぽい高級車の横に、赤いフォルクスワーゲン・ポロが停まっていた。思わず、「可愛い」と言いたくなる車である。これが、デートレフへの三つのお願いの、その一であった。余りに可愛い車なので、写真に撮り、英国に戻ったら、娘たちに見せてやろうと思う。

 夕方四時を過ぎると、課の同僚たちが次々と帰ってゆく。六時にデートレフ、クリスティアンも帰って行った。午後七時十五分。道程はまだまだ長いが、今朝は早かったし、あと二日あるので、ホテルに戻ることにする。残っていた日本人の部長と課長に、お先に失礼しますと挨拶をして会社を出る。(その時間まで残って働いているのは、日本人しかいない。)幸い、どちらからも、いつもの、

「今晩、晩飯でも一緒にどうですか。」

の声が聞こえない。デートレフがちゃんと言いくるめておいてくれたらしい。よしよし。三つのお願いのうち二つ目も完璧。

 赤いポロに乗って会社を出、デートレフが予約していてくれたホテルに向かう。午前中に空港から会社に向かう折に、ホテルのある村への道は聞いていた。会社からは車で十分の距離。ユッヘンという村にある。戸数三十件ほどの小さな村の、交差点にその「ホテル・ケルツェンバッハ」はあった。クリーム色に水色の窓枠、これも可愛らしい建物。いかにも古くからある村の宿屋という雰囲気。デートレフもなかなか良い趣味をしている。

 部屋に荷物を置いて、階下の食堂に行き、ビールとシュニッツェルを注文。客は僕も入れて四組だけ。例によって、料理も、添え物のポム・フリッツ(揚げジャガイモ)も、とても食べ切れる量ではない。半分食べて降参。とてもドイツ人のようには食べられない。

 

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