モトのモットー、二
四月の森、ブルーベルの花盛り。
翌日、金曜日の朝、僕はドイツ支店のデートレフに電話をした。彼とのやりとりはドイツ語。彼は翌週僕が来ることを知っていた。と言うより、僕に来て欲しいと頼んだには彼らしい。普段から僕とメールや電話のやりとりのある彼は、ケルン大学留学中の息子が来週の日曜日にボンで走ること、妻と僕がその応援にドイツに行くことを知っていた。
「一週間に二度も英国とドイツを往復するのは、時間的にも金銭的にも馬鹿らしいよ。何なら、出張を水曜日から金曜日にして、モトがずっとドイツにいられるようにしようか。」
彼は提案した。僕は一瞬考えた後、彼の申し出を断った。
「せっかくだけど、それは良いよ。僕はビジネスとプライベートを明確に区別する主義なんだ。それが『モトのモットー』さ。」
他の会社では、海外出張に奥さんを同伴したり(もちろん奥さんの費用は個人負担であるが)、出張を週末にくっつけて、土日についでに観光をしてくるという人も多いらしい。しかし、僕は何故かそれが好きになれない。会社の金を使う以上、その旅の目的は純粋にビジネスでなくてはならない、そう考えてしまう。古いのだろうか。とにかく、「ビジネスと観光を混同しない」というのが「モトのモットー、その二」なのである。
「きみたちとまた一緒に仕事ができるのは嬉しいんだけど、そのためには、三つ条件があるんだ。聞いてくれるかい。」
僕はデートレフに言った。
「何でも言ってごらん。」
「一、ホテルは会社の近くにとって欲しい。二、三日間車を自由に使わせて欲しい。三、夜食事に誘わないで欲しい。」
「そんなこと造作もない、段取りをしておくから。」
デートレフはそう言って電話を切った。これでよし。ドイツ行きの段取りは整った。
基本的に僕は旅の好きな人間である。休暇であれビジネスであれ、知らない土地を訪れるのは大好き。ただし、観光は嫌いな「怠惰な旅行者」ではあるが。しかし、その旅の好きな僕でさえ、出張先でストレスを感じてしまう原因がふたつある。
そのひとつは、生活のリズムが崩れてしまうことからくるストレスである。基本的に僕は早寝早起きの人間。しかし、出張中は出張先の会社の人間の都合で遅くまで仕事をしたり、遅くまで外出したりして、生活のリズムが狂い、時には体調をも狂わせてしまうことがある。
僕がデートレフに電話して、「近くのホテル、車、ノー接待」を頼んだのも、まさに、自分のペースで仕事をし、生活のリズムを狂わせないための手段なのである。車があれば、疲れたと感じた時に、いつでも仕事を終えて近くのホテルに帰って休める。車がないと誰か他の同僚に依存しなければならない。また、出張先でそこの「ボス」に誘われ、いわゆる接待、夕食に出ると、どうしても寝る時間が遅くなってしまう。デートレフの段取りで、今回の出張が「ノーストレス」は無理でも、「レス・ストレス」であることを祈りたい。