「試走」
原題:Trial Run
ドイツ語題:Galopp
1978年
<ストーリー>
目が悪いために引退を余儀なくされた騎手、ランデール・ドゥリューは、ある日ルパート・ヒューズ・ベケットという男の訪問を受ける。ヒューズ・ベケットは、ある人物を捜すために、ランデールにモスクワに飛んでくれるように依頼する。ランデールは、それを拒絶する。
数日後、ヒューズ・ベケットは英国王室の王子と一緒に再びランデールを訪れる。王子の直々の出馬とあっては、ランデールも依頼をもはや断ることはできない。彼はモスクワ行きを承諾する。彼の使命はモスクワで「アリョーシャ」と呼ばれる人物を捜すことであった。
王子の義理の弟、ジョニー・ファリンフォードは馬術の選手、翌年にモスクワで開かれるオリンピックに向けて、英国代表の有力候補である。彼は、その年の夏、英国で行われた馬術の世界選手権に出場した際、ドイツ人のハンス・クラマーという選手とロンドンで行動を共にしていた。「ゲイバー」「セックスバー」を訪れるという余り品の良くない付き合い方で。
そのクラマーが、英国で競技を終えた直後に死亡する。彼の死は心臓麻痺ということで処理されるが、実は他殺であったという噂が広まる。「アリョーシャ」と名乗るロシア人に殺されたのだと。そして、その次の標的が、ファリンフォードであるという噂が流れていると言う。その噂を聞きつけた王子は、自分の義理の弟が翌年のオリンピックに参加した際、クラマーと同じ運命を辿るのではないかと心配する。そして、ランデールに対し、前もって「アリョーシャ」を見つけ、その人物と話を付けてくるように依頼する。
数日後、王子の家を訪れたランデール。後から来るはずのジョニー・ファリンフォードがなかなか現れない。やっとジョニーの車が現れるが、駐車していたランデールの車に激突して炎上、ジョニーはランデールと王子により、危ないところを救い出される。ジョニーは途中、「アリョーシャ」の使いと名乗る男たちに捕らえられ、頭を殴られたと証言する。
ランデールはモスクワに着き、英国からの観光客数人と一緒に「ホテル・インツーリスト」に投宿する。モスクワに着いた夜、ランデールは、英国のある新聞社の駐在員であるマルコム・ヘンリックという男に呼び出される。マルコムは、彼も過去にランデールと同じく「アリョーシャ」の件を追っていたと言う。しかし、それは単なる噂に過ぎず、追跡する価値がないとランデールに告げる。
ランデールは翌日、調査への協力を依頼するために英国大使館を訪れる。そこで、責任者のウォーターマン、館員のイアン・ヤングと会う。誰もが、「アリョーシャ」の件については何も知らないと言う。
大使館からの帰り道、イアンはランデールを密かにあるロシア人の家に連れて行く。そこで、イアンはボリスという若者をランデールに引き合わせる。ボリスは、馬術のソ連代表選手で、英国で行われた世界選手権にも出場していた。ボリスはドイツ人の騎手クラマーの死は、事故ではなく他殺であると主張する。ボリスは、英国滞在中、ソ連選手団の規則を破り、ひとりでロンドンへ向かう列車に乗った。その列車の中で、見知らぬ乗客同士が、ロシア語で、
「クラマーは、完璧なデモンストレーションになった。やつを片付けるのにたった九十秒しかかからなかった。」
と話しているのを、聞いたと言うのだ。
ランデールは、英国人留学生スティーヴンを通訳として雇うことになる。好奇心の強いスティーヴンは、ランデールの使命に大いに興味を示し、協力を約束する。
ボリスと会った翌日、ランデールはソ連馬術チームのトレーナーである、クロポトキンをトレセンに訪れる。ランデールの騎手としての実績をクロポトキンは知っていたので、面会はスムーズに運ぶ。クロポトキンは、調教師のミーシャをランデールに引き合わせる。ミーシャは世界選手権で、クラマーが死亡したとき至近距離におり、その最期の言葉を聞いていた。
「アリョーシャ・モスクワ」
クラマーはそう言い残して事切れたと言う。
会見を終えて帰りかけたとき、運搬車が突然ランデールとその横にいた馬を襲う。ランデールはとっさに馬に飛び乗り、追撃するトラックから逃れる。クロポトキンは大切な馬を救ってくれたことをランデールに感謝し、今後の協力を約束する。ミーシャは帰りがけに、自分の電話番号を密かにランデールに渡す。
その日の夕方、ランデールはスティーヴンと共にミーシャのアパートを訪れる。ミーシャの告白は意外なものであった。英国でも世界選手権の際、ドイツ人の騎手クラマーが、獣医の車の中から薬箱を盗んだと言うのだ。クラマーの死後、その薬箱はドイツ選手用の厩舎で調教師によって発見された。そして、その中身を、ミーシャはドイツ人の調教師とともに山分けしたという。ミーシャは自分の分け前を、翌日ランデールに届けることを約束する。
ランデールはその夜、イアン、マルコム、スティーヴンの四人で食事をする。そのレストランの帰り道、ランデールは二人組の男に襲われる。ランデールは懸命に逃げ、何とかホテルに辿り着く。
その翌日、ランデールは、ミーシャから、薬箱の中にあった物の残りを受け取る。それは、「マトロシュカ」という人形の中に入れられていた。めぼしいものは全てクラマーかドイツ人に抜き取られていた。ランデールはその中の、ドイツ語とロシア語の両方で書かれたメモに興味を持つ。それは薬の処方箋のように思えた。
その日、更に、ランデールは、オリンピックのための視察団の一員として、英国での選手権を訪れた建築家、ユーリ・チュリツキーと面会する。彼は、英国で、マルコム・ヘンリックに出会ったと証言する。モスクワ特派員のマルコムが何故、そのような時期に英国に現れたのかを、ランデールは不思議に思う。
新しい情報が入ったという連絡を受け、英国大使館へ向かうランデールは、しかし、道中、また二人組の男に襲われ、厳寒のモスクワ川に投げ込まれる。彼の後を追っていたKGBのスパイに救助され、ランデールは九死に一生を得る。二十四時間の間に三度も命を狙われたランデールは、四回目は自分の死ぬときであると確信する。
新しく入った情報は、ドイツ人騎手、ハンス・クラマーの生い立ち、過去についてのものであった。彼は、スティーヴンのガールフレンド、グドルンの協力を得て、それを分析する。クラマーは、ティーンエージャーの頃、ハイデルベルクの大学病院の精神科で治療を受けていた。その治療とは、問題行動を起こす子供たちを、既成の秩序を崩すことを教えることで、立ち直らせるというものであった。そして、その治療を受けた者の中から、多くのテロリストが生まれていた。
ランデールは自分の受けた襲撃、クラマーの過去から、背後にいるテロリスト集団の存在を予感するようになる。「アリョーシャ」というのは、その首領、あるいはその組織のことなのであろうか・・・
<感想など>
一九八〇年にモスクワで開かれる予定だった(事実開かれはしたのであるが)オリンピックを題材にしている。ご存知のように、モスクワ・オリンピックは、ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議するため、大多数の西側の国がボイコットをして、ほとんどオリンピックとしての体裁をなさなかった。しかし、この物語の背景は、モスクワ・オリンピックの八年前、ミュンヘンで開かれたオリンピックから取られている。最近、スピルバーグの「ミュンヘン」という映画で再び有名になった、アラブゲリラによるオリンピック選手村襲撃事件である。オリンピックが、民族的な、あるいは政治的な勢力により利用された最初の事件だ。ランデールが単身戦う相手は、まさに、オリンピックを暴力の場として利用しようとしている者たちである。しかし、最近のハイジャックや爆弾を使った無差別、大量殺戮テロに比べて、まだ当時のテロリストは、小規模で、対象も限定されており、ノンビリしていると言う印象を受ける。
素人が単身言葉も通じない敵地に乗り込んで、プロの大使館員さえできなかった厄介事を、テキパキとことを片付けてしまう展開は、ちょっと現実離れしている。「言葉も通じない」と書いたが、実は、このランデール、ソ連でもどこでも通じる共通の言葉を持っていたのである。それは「馬」。
基本的にストーリーは
@ 馬の好きな人間に悪人はいない
A 馬は世界の共通語
以上のふたつの前提から成り立っている。
第一の情報提供者は、ソ連代表の騎手、ボリス。彼は、自発的にランデールへの情報の提供をする。外国人と接触し、外国人に情報を提供することは、当時ソ連市民には厳しく禁じられ、それを破ることは生命の危険さえ冒すことになるにも関わらず。
「どうして、ボリスは私と話すことを決心したのだろう。」
イアンは肩をすくめ、質問をボリスに投げかけ、帰ってきた返答を通訳した。
「あなたが騎手だから、馬のことを良く知っている人間だから。自分の仲間だからボリスはあなたを信用したのです。」(93ページ)
第二の情報提供者、クロポトキンにしてもそうである。彼は、かつて一度、ランデールの騎乗ぶりを見て、それに感銘を受けていた。だからこそ、ランデールと会うことを同意し、新聞記者や大使館員には言わなかった事実をランデールに伝えたのである。そして、ランデールが彼の馬を救ったことにより、ランデールに対する信頼は増し、クロポトキン自身も、そして部下のミーシャも全面的に、ランデールの協力することになる。「馬を通じた、国境を越える友情」とでも名づけられるものが、彼らの間に生まれたのである。
結構複雑な展開である。
「マトロシュカ」と呼ばれるロシア名物の人形が登場する。これは、外側の人形を開けると、中に少し小ぶりの人形が入っていて、それを開けると、更にその中にも人形が入っているという仕掛け。開ける度に、どんどんと小さな人形が出てくる。
ランデールは、ガールフレンドのエマへの土産に、そのマトロシュカを買う。彼が、モスクワでの事件の展開を、その人形に喩えているのが面白い。
自分がモスクワでやってきたことは、多かれ少なかれ、この人形を開けるようなものだった。ひとつの層を取り除くと、その下からまた次の層が現れ、その繰り返し。そして、一番真ん中には赤いほっぺたをした小さな木でできたお母さんがいるのではなく、伸びようとするテロの種が入っていた。(226ページ)
当時はまだ、ソ連の時代。ガチガチの共産主義の時代である。市民は外国人との接触を禁じられており、街角、デパート、空港などには、それを監視するスパイが数多く立っている。笑えるエピソードがあった。何故、ソ連に失業者がいなかったのか。それは、失業者をどんどんとスパイにしてしまうからであると言う。つまり、市民の中にスパイ、あるいは監視者、密告者といっても言いが、それを送り込むことは、秩序維持と、失業対策の一石二鳥の政策であったと言うわけ。私はひとりでうなずいてしまった。
(2006年2月)