「大ばくち」

原題:High Stakes

ドイツ語題:Vesteck

1975

 

<はじめに>

 

 ディック・フランシスが面白いという情報を、ドイツに住むミステリー好きの友人から聞いた。フランシスは元ジョッキーで、競馬界を舞台にした小説を書いているという。先ず一冊読んでみることにした。三十冊を超えるフランシスの作品の中で、この本を選んだことに大きな理由はない。「アマゾン」の寸評を読んで、何となく面白そうだったということくらいか。そして、何と、英国にいながら英国人の作家の本をドイツ語訳で読み始めた。(読むスピードがドイツ語の方が格段に速いもので)

面白かった。テンポ、ユーモア、トリック、ロマンス、活劇、どれをとっても一級品である。そのバランスも絶妙である。果たして、私は、いつものようにこの作家の作品を、読破することになるのであろうか。三十冊以上とは、かなり手強い相手である。

 

 

<ストーリー>

 

おもちゃの発明、その特許で財を成したスティーブン・スコットは、何頭かの馬の馬主になった。彼は自分の馬を、調教師、ジョディー・リードに預けている。

あるレースの後、スティーブンは自分の馬をリードの厩舎から引き上げ、別の調教師に預けようと決心する。彼は、自分が持ち馬に大金を賭けたときに限り、その馬が負けることに、漠然とした疑いを持っていた。

調教師ジョディーは、スティーブンの持ち馬の中でもピカ一のエナジャイズを強引に持ち帰ろうとする。スティーブンは身を挺してそれを止める。数日後、スティーブンは自分の馬を全頭、ジョディーの厩舎から他の厩舎へ移す。それにより、ジョディーの厩舎は最大の契約主を失うことになり、窮地に陥ることは目に見えていた。スティーブンの行為に、マスコミや競馬界の人間から非難が集中する。

スティーブンは友人、金融業で財を成したチャーリー・カンターフィールドに、自分の疑いを打ち明ける。それは、ジョディーがブックメーカー(賭け屋)のゲンザー・メイスとグルになって、自分がメイスを通じて大金を賭けたときに、馬を勝たせないように仕組んでいるのでは、と言うものであった。しかし、それはあくまで憶測の域を出ず、確証はない。

スティーブンはチャーリーとの夕食の帰り、アメリカ人の女性アリーと知り合う。彼らは互いに行為を持ち始める。アリーは、スティーブンが、自分が子供の頃に気に入っていたおもちゃの発明者であることを知り、感激し尊敬する。

新しい調教師ランパート・ラムゼーを訪れたスティーブンは、そこにエナジャイズとして調教されている馬が、実はよく似た別の馬であることを直感する。馬はジョディーによりすり替えられていたのである。

チャーリーが、スティーブンの家に、バート・ハンガーレッドと言う失業中の男を連れてくる。彼はある賭け屋に勤めていたのだが、その店が倒産したのである。家賃の支払いに困っていた経営者に、家賃の肩代わりを申し出た男がいた。それは、メイスであった。メイスは、倒産した賭け屋を吸収することで、どんどん店を増やしているようであった。

スティーブンは、深夜ジョディーの厩舎に忍び込む。しかし、ジョディー、メイス、そしてもうひとりの「黒眼鏡の男」に発見され、袋叩きに合い、ジンを血管に注射され、ロンドンの街頭に転がされる。

スティーブンはジョディーが客の優秀な馬を良く似た馬とすり替え、別の馬として販売して利益を得ていたことを確信する。彼は、ジョディーに対する復讐の方法を考える。

アメリカに帰ったアリーをマイアミに訪ねたスティーブンは、馬の競り市でデエナジャイズに生き写しの馬を見つける。それで、彼の復讐の筋書きが決まる。ロンドンに帰ったスティーブンは、チャーリー、バート、自分の召使おオーエン、それにアリーに協力を求める・・・

 

 

<感想など>

 

一口で言って、楽しめる物語であった。

主人公のスティーブン・スコットは三十歳を過ぎたばかり、独身。労働者階級の出身ながら、おもちゃを次々発明することで財を成し、今ではロンドンの一等地、リージェンツパークの近くに居を構え、ランボルギーニを乗り回し、何頭かの馬も所有している。青年独身貴族である。

しかし、馬については殆ど無知で、そこを調教師のジョディーに付け込まれ、賭け屋と結託したジョディーに大金はむしり取られるは、馬を駄馬とすりかえられる。彼が、初めて馬に愛情を覚えたのは、自分が身を挺して守ったエナジャイズと、運搬車の中で時間を過ごしたときであった。彼はそこで、馬を単なる道楽の道具以上に感じ始める。そして、物語が進むにつれて、真の馬主としての自覚に目覚めていく。

彼は、おもちゃの発明家である。彼が最初に発明し、成功したおもちゃは「ローラ」というもので、ハンドルを回すと、ギアやベルト仕掛けで、いろいろな物が一斉に動き出すと言う。彼は復讐のプランを練る。そして、おもちゃを原寸大に拡大したように、自分がハンドルを回すことにより、いろいろな人間がそれぞれの持ち場で動き、計画を遂行することを期待する。

 

アリーとチャーリーはお互いに見つめあった。

チャーリーが彼女に言った。

「彼(スティーブン)が子供のおもちゃのために考え出したたくさんのことが、今もっと有用に、もっと大きなスケールに拡大されるのさ。」

「コックレルが最初のホーバークラフトをバスタブの中で作ったみたいに?」

126ページ)

 

しかし、しょせん人間。機械仕掛けのようにパーフェクトにことは運ぶのだろうか。それは読まれた方のお楽しみとしておく。

200510月)

 

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