ピラミッドを見て死ね

念願のピラミッドの麓に立つ。

 

 エジプトに行くことになった。ケンブリッジ大学でアラビア語を勉強している友人ユキが、一年間カイロに留学している。彼がカイロにいる間に、一度訪れてみることにしたのだ。また、二〇〇九年は結婚二十五周年。銀婚式の旅行に、たまに違った場所に行くのも良いのではないかと思った。それに、ピラミッドも是非一度は見てみたかったし。

 銀婚式記念旅行と銘打ったにも関わらず、末娘のスミレがついてくることになった。(そう言えば、結婚二十周年旅行と銘打ったスウェーデン行きにも、真ん中のミドリがついてきた。)それで、スミレの一週間の「ハーフターム・ホリデー」(学期の中休み)に合わせて予定を組まざるを得なくなった。ところが、その週、僕は火曜日と水曜日に会社の研修があり、ロンドンを空けるわけにはいかない。と言うわけで、妻のマユミと娘スミレは日曜日から次の日曜日まで八日間、僕は遅れて木曜日にロンドンを発って日曜日までの四日間という、ちょっと変則的な日程になった。

 二月十五日、日曜日。エジプト遠征隊第一陣の出発。朝十時に車で家を出て、マユミとスミレをヒースロー空港まで送って行く。彼等は正午過ぎのエールフランス機でロンドンを出発、途中パリで乗り換えて、カイロ到着は夜十時の予定。同じコースを木曜日に、今度は僕が辿ることになる。

前日の土曜日、スミレと僕がピアノを習っているヴァレンティンの家でパーティーがあった。「ヴァレンタインデー」のパーティーとのこと。ヴァレンティンはドイツ人だが、彼の名前を英語風に発音すると「ヴァレンタイン」となる。ヴァレンティンがヴァレンタインデーにパーティーを開いたのは、おそらく偶然ではなく、自分の名前を意識してのことだと思う。

パーティーには、妻と僕とスミレが招かれた。パーティーの場で、僕たち家族が来週エジプトに行くことを参加者の皆さんに告げると、そのことが一通り話題になった。僕は、会う人会う人に、

「死ぬまでに一度ピラミッドを見てみたかったんですよ。何とか間に合ってよかった。」

と言っていた。笑いを取る狙いもあったのだが、半分以上は本心だ。僕はピラミッドを子供の頃から一度見てみたかった。「ナポリを見て死ね」と言うが、僕にとっては「ピラミッドを見て死ね」。僕が余り同じことを僕が繰り返すので、スミレが、

「パパって本当に大袈裟なんだから。」

と呆れていた。

 僕の好きなスウェーデンの作家、ヘニング・マンケルの「クルト・ヴァランダー」シリーズに、いつも同じ絵ばっかり描いている画家である、ヴァランダーの父親が登場する。そのちょっととぼけたお父さんの夢も「ピラミッドを見ること」。彼は老齢になり初めてカイロを訪れるチャンスを得る。しかし、ピラミッドの頂上まで登ろうとして警察に逮捕されてしまう。ヴァランダーはそんな父を受け取りにカイロへ向かう。そんなエピソードがあった。「ピラミッドを見て死ね」と言いながら、僕はヴァランダーの父親を思い出していた。

スフィンクスとピラミッドとの対面。

 

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