「裕福な相続人」
原題:Drawing Conclusions (描かれた結末)
ドイツ語題:Reiches Erbe(裕福な相続人)
2012年
<はじめに>
ドナ・レオンのブルネッティシリーズもついに二十作目となった。これまで、毎年一作のペースで書き進められ、私も年中行事のように新作を読んできた。マンネリ感は否めない。しかし、ついつい読んでしまう。盆と正月に発表された「寅さん」の映画とよく似た作品になりつつある。
<ストーリー>
アンナ・マリア・ジュスティは恋人の親に会いにシチリアへ行くが、不親切な親や、その言いなりの恋人に愛想を尽かしてヴェニスに戻って来る。彼女の留守中、一階下に住む老女、コンスタンツァ・アルタヴィラが郵便物を預かってくれることになっていた。アンナ・マリアは、コンスタンツァの部屋に出かけて行く。ドアに鍵が掛かっていない。コンスタンツァは頭から血を流して死亡していた。
上司のパッタと、そのお気に入りのスカルパと一緒に夕食を取っていたブルネッティに署から電話が入る。老女が死んでいるのが隣人によって発見されたという。ブルネッティは食事を中座して、老女の死んでいたアパートに向かい、第一発見者である、アンナ・マリア・ジュスティと会い、話をする。
同僚のヴィアネロと、検視医のリザルディも現場に到着。医者は、脳出血か心臓麻痺による自然死の可能性が高いと言う。しかし、ブルネッティは、本能的に引っ掛かるものを感じる。鑑識官が仕事を終えた後の深夜、ブルネッティとヴィアネロは、老女のアパートをくまなく調べる。物色された跡はない。彼らは、ひとつの寝室には高価な下着を見つけ、もうひとつの寝室にはスーパーで売っている安物の下着を見つける。ブルネッティは、下着を必要とするようなもう一人の女性が、老女のアパートに泊まっていたのではないかと推理する。
翌朝、ブルネッティは上司のパッタに呼ばれる。パッタは例によって怒っている。今回は、死んでいた老女が、パッタが世話になっていた獣医クアウディオ・ニコリーニの母であり、その知り合いの死がパッタに直ぐに報告されなかったということが怒りの原因であった。ブルネッティは息子のニコリーニに連絡を取る。母親の死の知らせを受けた彼は、既にヴェニスに向かっていた。母親の死体が収容された病院で、ブルネッティは息子に会う。息子は、母親の死に、警察が絡んでいることに驚いているようだった。そこに、死体の解剖を終えたリザルディ医師が現れる。彼は、老女の死が心臓発作による自然死であることをふたりに告げる。しかし、ブルネッティは、医者が何かを隠していることを感じ取る。
ブルネッティは息子のニコリーニと話し、彼の母親の実像に迫ろうとする。息子は母のコンスタンツァが、学校の教師としてずっと子供たちと関わり合ってきたことを話す。そして、定年退職後は老人ホームでボランティアをしていたという。ブルネッティは息子に代わって自分が老人ホームへ行き、コンスタンツァの死を告げるとともに、彼女の様子を聴くことにする。老人ホームの修道女は、コンスタンツァが正直な人間で、嘘をつかない、正直であるためにはどんな対価も払う人間であったことと話す。ブルネッティは修道女も、何かを隠していると直感する。
ヴィアネロから、コンスタンツァには訪問客が絶えなかったこと、また彼女の肩には強く押された跡があるとの知らせが入る。隣人も、若い女性がコンスタンツァのアパートに頻繁に出入りしていたと述べる。
ブルネッティは、もう一度コンスタンツァのアパートへ行く。そこで、安物の下着や、浴室の歯ブラシ等から、彼女が定期的に女性を泊めていたことを確信する。また、彼女は三つの鍵を持っており、一つは玄関、もう一つは部屋の鍵であるが、もう一つ、用途の分からない鍵があることを発見する。
ブルネッティは、コンスタンツァが、家庭内暴力に苦しむ女性を助ける組織に入っていたのではないかと想像し、パッタの秘書、エレットラにそのような組織の調査を依頼する。エレットラは「アルバ・リベラ」という家庭暴力に苦しむ女性を助ける組織があり、コンスタンツァはその一員ではないかと告げる。エレットラは、その組織のリーダーを知っていた。ブルネッティはそのリーダーの女性と連絡を取ろうとする。また、老人ホームの修道女が真実を言わないのは、誰かを恐れているからではないかと、エレットラは言う。ブルネッティは、再び老人ホームを訪れることを決意する。
老人ホームで、ブルネッティは、コンスタンツァと交友のあった三人の老人と面会する。最初の女性は重度の認知症で、何の情報も得られない。ブルネッティが次に会った寝たきり男性は、
「コンスタンツァは懺悔を受ける司祭のように、何でも話せる独特の雰囲気を持っていた。」
と述べる。三人目の女性、マリア・サルトリーニと会うためにブルネッティが彼女の部屋に入ったすぐ後、彼女の夫と思しき男性が現れ、ブルネッティを見て激昂する。
「お前は何をしに来た。出て行け。」
という男性に対して、ブルネッティは税務署の職員を装ってその場を逃れる。どうして、男性がそれほど怒ったのか、いぶかしく思ったブルネッティは、マリア・サルトリーニとそのパートナーの身辺の調査をエレットラに依頼する。
「アルバ・リベラ」のリーダーの女性、マッダレーナ・オルソーニから電話が入る。ブルネッティは、彼女と近くのバーで会うことにする。オルソーニは「アルバ・リベラ」の創立者で、その組織は、暴力に苦しむ女性に、安全な隠れ場所を提供することが使命であった。そして、コンスタンツァもその協力者であった。コンスタンツァは、これまで、数多くの女性を、自分の住居に匿ってきた。コンスタンツァのアパートには、彼女の死の直前まで、一人の女性が匿われていた。その女性のボーイフレンドと名乗る男が現れ、コンスタンツァに、
「彼女は泥棒であると告げたという。」
その知らせを受けたオルソーニは、その女性をローマ行の列車に乗せる。そして、それ以来、その女性も、そのボーイフレンドと名乗る男からも連絡がないという。
エレットラの調べで、マリア・サルトリーニの背景があきらかになる。マリアの入っている老人ホームは私立であり、料金は決して安くない。その料金の大半を、ブルネッティがホームで出会った男性、モランディが払っていた。モランディは前科者で、彼の銀行口座を見ると数か月に一度、かなりの金額が振り込まれていた。
ブルネッティは、その男の名前と、サルトリーニの名前に憶えがあった。それはヴェニスの住民なら皆知っている話であった。十年以上前、大金持ちの未亡人、マダム・レイナルドが死亡した。遺言により、莫大な遺産が、弁護士のクチェッティに贈られることになった。その未亡人を病院で介護していたのが、サルトリーニで、モランディとサルトリーニは、その遺言状の証人であったのだ。モランディは、未亡人が死に、弁護士が財産を相続してから、ヴェニスの一等地にマンションを購入していた。遺産を相続した弁護士は既に亡くなり、その財産は妻に受け継がれ、その妻の死後その遺言により教会に寄付された。ブルネッティは、モランディが、秘密を握っており、それをゆすりの材料に使うことにより、金を得ていたのではないかと推理する。
モランディに金を振り込んでいたのは、ツルチェッティという画商であった。ブルネッティは画商を訪れ、義父の名前を出して、彼を怯えさせ、真相を語らせる。モランディは定期的に有名画家のスケッチを画商に持ち込み、換金していた。そのスケッチの出所を知ることにより、ブルネッティは事件の真相に大きく近づく・・・
<感想など>
レオンは、毎回、社会の不正義、非条理をテーマにしている。今回は、何をテーマにしているのか、良く分からない。女性への家庭内暴力のような気もするし、老人問題のような気もするし、弁護士による遺言状の改ざんということも扱われている。また、最初は、殺されたコンスタンツァの息子が怪しいと思わせておきながら、次にはコンスタンツァが泊めていた女性を怪しいと思わせ、実はふたりとも関係がなかったということになる。これは、読者の予想を覆すという作者の意図なのだろうか。それにしても、この作品は、焦点が絞り込めていないという印象がする。
この作品で、ブルネッティシリーズも二十作目である。レオンは毎年、このシリーズの作品を発表している。ここまで来ると、「寅さん」の映画のよう。本が出ると、それが面白い面白くないは二の次になり、自動的に買って読んでしまう。
二十年続いているということは、登場人物は二十年歳を取ったことになる。エレットラは最初二十代の
前半だったとしても、もう四十を超えている計算になる。さすがに、レオンも
「彼女の目尻には細かい皺がよりはじめている。」
と彼女の老いを認めている。(101ページ)
そして、パッタはまだ副署長のままである。最初に登場したとき四十代だとしても、ボチボチ定年を迎えてもよいのではないか。ブルネッティとパオラの子供たちも、まだ両親と一緒に住んでいるが、彼らも三十歳に近いはず。ボチボチ独立してもいいのではないかと思ってしまう。それとも、レオンは「サザエさん」スタイルで、何年経っても、カツオとワカメは子供のままというスタイルで押し通すのだろうか。
修道女、スカルパ、またコンスタンツァのアパートに泊まっていた女性は、シシリー出身である。
「シシリーの人間は自動的に信用できない。」
という会話が随所に現れる。「北の人間」と「南の人間」の相違はあると思うが、これほどまで露骨に、出身地でその人間に偏見を持ってしまってよいものかと思った。
「役所のコンピューターへのハッキングは難しい。情報がどこにあるのか分からない。片付いていない家に泥棒に入るようなもの。」
「官吏に友人がいると全てが早く進む。」
このような、「お役所」に対する批判は、いつもと変わらない。
今回も犯人は捕まらない。ブルネッティが真相を知るだけである。何となく尻切れトンボの結末という感じがする。次作もペーパーバックになったら読んでしまうだろうか。おそらく読むと思う。
(2013年12月)