三本足のネコ

 

ネコの女王の座からは降りたが、まだネコに未練があるカロラ。

 

 カロラの「ヘンリー」はベルギーとの国境に向かう高速道路に入る。クリスティアンと僕の車がそれに続く。メンヒェングラードバッハはもう国境の町。少し走るともうオランダとベルギーとの国境だ。

 昨年ドイツへ出張したときも、僕はカロラを訪れた。そのとき彼女は心の調子を崩して、アーヘンの近くの病院にいた。僕は仕事が休みだった日曜日、入院中の彼女を訪ねたのだった。幸い彼女は回復し、退院し、新しい家を見つけ、「新しい生活」を始めた。(それまで彼女は、田舎の農家を改造した一軒家に十三匹のネコと一緒に住んでいた。)

 新しい家は、エルクレンツというまあまあこの辺りでは大きめの町の外れにあった。以前の家のように、「野中の一軒家」ではなく、周りに家もある。彼女は一軒の大きな家を、他の四家族と一緒に借りていた。「町」に戻ったのを彼女は喜んでいるようだった。

 しかし、独りで住むには、おそろしく広い家だった。「ヴィンターガルテン」(「冬の庭」という意味、ガラスで囲まれた、庭に面した日当たりの良い屋根つきのベランダともいう場所)だけで、四十平米はある。

「ヴィンターガルテンだけで、僕が学生時代にいたアパートより広いや。」

とクリスティアンが目を丸くしている。

「キングサイズのわたし用のお風呂なの。」

と見せてくれた浴室は、日本式に言うと八畳はあった。その他に、車の二台入るガレージ、リビングルームに寝室がふたつ、書斎、四人家族でも十分生活できる広さだ。そして、カロラの常なのだが、家の中は完璧に片付いている。どこもピカピカで塵ひとつない。

 ヴィンターガルテンにネコが二匹現れた。もう「ネコの女王」の地位は捨ててしまったカロラだが、まだ二匹と一緒に生活している。一匹の猫は足が三本しかない。また耳も片方だけ、目も片方が不自由そう。別の動物に襲われたか、事故にでも遭ったのだろう。おまけにこのネコはエイズに罹っているという。バルセロナの動物ホームで誰も引き取り手のないのを、カロラがわざわざスペインまで貰い受けに行ったとのこと。

 僕はその三本足のネコを思わず「ミンキー」と呼びそうになった。娘のひとり、ミドリは今家を出て独りで暮らしているが、彼女の住む家に、ミンキーというやはり三本足のネコがいる。ミドリはときどき、ミンキーと一緒に寝ていると言っていた。

 カロラがこの三本足のネコを獣医に連れて行ったとき、獣医はそのネコの姿を見て驚いたという。

「なんて可哀想なネコなんだ。」

そのとき、カロラは言った。

「こんな幸せなネコは世の中にないわよ。本当なら死んでしまうところを助けられて、今、こうして生きていられるるんだから。」

カロラはその言葉を自分自身に言い聞かせているように、僕には思えた。

 

三本足で片耳がないネコ。器用に歩く。

 

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