潜水艦救出作戦

 

パンをかじり、ビールを飲みながら、メインデュッシュを待つ。

 

デートレフは不在だが、彼は休暇に発つ前、例によって、車を借りる手配をしてくれていた。その鍵をもらいに、秘書のおばさん、フラウ・シュトゥンペンのデスクへ行く。彼女とは初対面だ。

「あなたドイツ語上手ねえ。」

と褒められてしまう。ここは、可愛く照れておくことにする。

「へへへ、それほどでも。」

ともかく、僕はドイツ出張中、いつも夕方から翌朝まで、会社の車を借りることにしている。僕は他人のペースで仕事をするのが大嫌いなのだ。車があると、同僚の世話にならなくても、帰りたいときに帰れ、働きたいときに出て来られる。これにより「出張のストレス」がかなり軽減されると思う。

今回の僕のミッションは、メンヒェングラードバッハの倉庫に新しい「倉庫管理システム」を入れること。情報システム側はカロラと僕が担当するが、倉庫の作業チームの責任者はミヒャエルというドイツ人。カロラとふたり、一階下の彼のオフィスに打ち合わせにいく。このミヒャエル、優秀な人なのだが、握手をするとき、他人の手を力いっぱい握る癖がある。それもすごい握力で。その日も、思わず叫んでしまった。

「痛ててて、ミヒャエル、堪忍してえな。」

 仕事の本番は明日の朝から。明日の準備をして、夕方六時過ぎに、借りた車で会社を出た。いつも泊まる森の中のホテル「エリーゼンホフ」でチェックインを済ませたあと、ちょっと買い物でもと思って、近くにあるライトの町に出てみる。

 車を停めて外へ出る。店は沢山あるのだが、ドイツではどんな店でも午後七時には閉まってしまう。もう七時過ぎ、皆閉まっていた。仕方がなく、僕はまた車を走らせ、ビール会社直営のレストランへ食事に行く。午後七時半になるが、ラジオの交通情報はあちこちで渋滞のニュース。何でも「U2」のコンサートがゲルゼンキルヘンのスタジアムであるかららしい。僕は正直「U2」って何か知らなかった。英国に帰ってスミレに尋ねると、

「パパの常識を疑う。」

と言われた。有名なバンドらしい。

 食事を済ませ、九時ごろにホテルに戻る。外はまだ明るいが、散歩をする元気もない。本を読むにも疲れすぎている。ベッドに寝転び、リモコンでテレビをつける。ひとつのチャンネルで、沈没した潜水艦から、乗組員を救助するというドキュメンタリー番組をやっていた。お寺の鐘のようなカプセルを海上の船から沈め、それを沈没した潜水艦のハッチに連結し、その中に乗組員を収容して引き揚げよういうもの。何と、その装置が実際に使用され、数十人の潜水艦乗組員の命が救われたことがあるという。

 しばらくボンヤリテレビを見る。実際僕は「全然」と言っていいほどテレビを見ない。家に帰っても、ピアノを弾いたり、犬を散歩に連れて行ったり、色々とやることがあり、ゆっくりテレビを見ている暇がないのだ。出張に来ると、テレビを見る暇ができる。くだらない番組も多いが、結構「ため」になる番組もあると思った。

 

007の悪役風の風貌からは似ても似つかぬ穏やか性格のクリスティアン。

 

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