闇将軍って呼んで

 

見慣れたこんな景色ともしばらくお別れ。

 

午後二時半、タクシーが迎えに来る。三時過ぎにハニア空港に到着。午後六時の飛行機を待つ。今日火曜日は英国からの客が入れ替わる日、ロンドン・ガトウィックだけで三便、マンチェスターへも二便の飛行機が飛ぶことになっている。一便に三百人乗るとして、千五百人の休暇客が本日ハニアに入り、ハニアを出て行くのだ。この他にイラクリオン空港の便もあるので、合わせるとその数は何千人になるのだろうか。

総括すると、今回のクレタ島の旅は、なかなか満足のいくものだった。滞在中の天気は全部晴れ、海と浜は清潔で、山は美しかった。また宿舎もきれいだったし、旅行会社のサービスやオーガニゼーションも良かった。自分の部屋を空けてから出発するまで、共通だが部屋やシャワーが使えた。また、空港と宿舎の往復もタクシーが手配されており、観光バスで複数のホテルを回り、最後の客は一時間以上も引っ張りまわされるという、いつものストレスの溜まるパターンもなかった。常々不便だと思っていた小さな点が、よく考えられ、解決されていた。

また明日から仕事。明日になれば嫌でも気持ちを仕事モードに切り替えなければならない。昨夜、一足先にオフィスへ戻る夢を見た。自分の席に座ると、その日に限りもう同僚は出勤し、各々のデスクで仕事をしている。(いつも僕は朝一番に出社するので、オフィスには誰もいないのだが。)皆僕のことを無視して仕事をしている。

「どうして僕の日焼けに誰も気がつかないんだろう。」

僕はそれが、夢の中で不思議で、不満だった。実際、明日出社したときはどうなるんだろう。

 とにかくよく日に焼けた。こんな黒くなったのは、大学の陸上部の夏合宿以来だと思う。クレタ島に来てから数日後、スミレが言った。

「パパ、ダークになったねえ。」

「じゃあ、これからパパのことを『ダーク・ロード』って呼んでくれる。」

「ダーク・ロード」(闇将軍)とは、「ハリー・ポッター」の敵役のあだ名だ。数日して、日焼けした腕などがブツブツになりだした。

「パパ、スポッツ(ブツブツ)が出来てきたわよ。」

とスミレ。

「じゃあ、これからパパのことを『スポッティー』(ブツブツくん)と呼んでね。」

そう言うと、彼女は呆れていた。

 午後六時に飛行機はハニアを出発、四時間の飛行の後、午後八時にガトウィック空港に着く。電車を乗り継いで家に着くと、午後十時だった。泥棒よけのために点けていった玄関の電灯とラジオは、まだ点いたままだった。最近、休暇中に泥棒に入られるケースを良く聞くが、何も無くて安心。楽しい休暇も、帰ってきて「大ショック」では台無しになる。

そして、死ぬと思っていた金魚はまだ生きていた。

 

帰ったらインド人の同僚に同じ色だと言われた。

 

(了)

 

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