クノッソス宮殿追想

 

どこまでがオリジナルでどこからが修復されたものか、非常に微妙だ。

 

 三千七百年前の歴史と対峙しているわりに、ピラミッドの前に立ったときと同じような感動が伝わってこない。何かが違う。

誰ともなしに言った。

「ちょっと手を加えすぎじゃない。」

エヴァンスは発掘された宮殿を、可能な限り復元しようとした。その結果、オリジナルの部分と、エヴァンスが復元した部分がごちゃ混ぜになってしまい、どこからどこまでが当時のものか、さっぱり分からなくなっているのだ。だからオリジナルの持つ、唯一無二の迫力が減らされてしまっている。

例えば、柱が立っている。色から判断して、その真ん中まではオリジナルで、真ん中から上が後から修復されたもの、と言う風に。

昨日訪れたファラサルナにあるヴェネチア時代の要塞の遺跡は、「何もない」という印象はあったが、それなりに、歴史と時間の流れを感じさせる「何か」があった。クノッソス宮殿では、そのオリジナルだけが持つ説得力が失われている。ワタルも、

「いくらなんでも、これはちょっとやりすぎだよな。」

と呟いている。他人を感動させようとする演出は、かえって感動を殺ぐ場合が多々あるということだ。後で観光案内書を読んでみても、発掘当時からエヴァンスの行動は批判されていたらしい。

しかし、エヴァンスにも言い分がある。彼はこのクノッソスの土地を購入し、私財を投げ打って発掘した。つまり、発掘された後、この遺跡はしばらくの間エヴァンスの「私有物」だったのだ。そこにあることが明々白々なピラミッドと違い、彼の執念と財力がなければ、この遺跡はまだ地面の下に埋もれていたかもしれない。そう考えると、彼の功罪を一概に判断するのは難しい。

午後一時のクノッソスは石が真っ白に見えるほど、日差しが強烈で、長くは太陽の下におれない。木陰で休みながら見学を続ける。ガイドも、客に説明をするのは木の下だ。ひとりのガイドが数人のグループに説明をしている。その響きから、ポルトガル語かスペイン語だと思っていた。ワタルが、

「あれドイツ語だよ。」

と言う。よくよく聞いてみると、なるほどメチャ訛っているが確かにドイツ語だ。ここでは全てがギリシア風。ドイツ語までが。木陰にいるとセミの鳴き声が耳に心地よい。時間が止まったような午後だった。

午後二時半にイラクリオンを発ち、また二時間かけてカリヴェスに戻る。さすがに運転に疲れて、アパートに着くなり、プールへ飛び込む。冷たい水が快い。

忙しい一日だったが、念願のクノッソス宮殿は見られたし、カメラは直ったし、有意義な一日だった。

 

暑いので、疲れて木陰で一服。あくびも出る。

 

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