食堂なのにタヴェルナ

アパートメントの前は砂浜。

 

買い物の後、ビールが冷えるまで、プールと海で泳ぐ。夕方六時を過ぎたが、太陽はまだまだ高く、プールサイドでは日光浴をしている人がいる。海の水は、二メートル程の深さの場所でも底がはっきり見えるくらいに澄んでいる。

「暖かいねえ、プールと一緒やね。」

と横を泳いでいるマユミに言う。

今回の行き先を地中海、エーゲ海にした理由に「海水の温度」がある。フランスやスペイン、ポルトガルの大西洋岸にも良いリゾートはいっぱいある。しかし、水温が低いのだ。ポルトガルやカナリア諸島などでは、気温は四十度近くなっても、海の水は冷たく二十度くらいしかない。水に入るとき、手を合わせて、「なんまいだぶ」、「まんまんちゃんあん」と唱えなければならないほど勇気が要る。その点、地中海はいわば「地球の水溜り」、暖かい。

僕たちのアパートは、カリヴェスの村の中心から、一キロほど離れていた。夕方七時ごろ、夕食と偵察を兼ねて、四人で村まで歩いてみる。山の上からは、まだ夕日が照っている。途中海辺に数件のレストランがある。レストランには「TABEPNA」という看板がかかっている。ギリシア語では「B」は英語の「V」、「P」は英語の「R」なので「タヴェルナ」と発音する。食堂なのに「食べるな」とはこれいかに。

海岸沿いの道を歩き、そこにある「ミュトス」というレストランで食べることにする。「ミュトス」とは「神話」と言う意味。ギリシアらしくて良い名だ。ビールを頼むと、それも「ミュトス」という名前だった。レストラン本体は建物の中にあるのだが、食卓は道路を挟んだ海岸にも設えられている。そこに座る。時間が早いせいかまだ殆ど席は埋まっていない。屋根がついていて、風が強いときなどは、透明のプラスチックの幕が、下りるようになっている。

メニューはギリシア語と英語で書いてある。「ギリシア風サラダ」「クロケット」を前菜に注文。何が出てくるかは「開けてびっくり」だ。ギリシア風のサラダはそれからも何度も食べたが、必ず赤タマネギとフェタチーズとオリーブが入っていた。「フェタチーズ」はヤギのチーズ、真っ白で、ボロボロしている。サラダは酢とオリーブ油をかけて食べる。黒い酢で、アルコール分が強いのか、鼻にツーンと来る。息子が

「トキシックな味だ。」

と評した。クロケットは一口大のコロッケ。中身は何とチーズだった。齧ると、溶けたチーズが尾を引く。

前菜からメインコースまでの間、レストランの中を通り抜け、表通りに面した玄関に出てみる。目の前に教会あった。山吹色の建物。ギリシア正教の教会の屋根はみな丸い。教会の前に広場がある。そこのカフェでは、地元のオヤジたちが座って何か透明なドリンクを飲んでいる。それが地酒、「ラキ」であることを後日知った。オヤジたちは皆、よく日焼けした皴のある顔だった。

カリヴェスの村の教会。柔らかい黄色が心を和ませる。

 

<次へ> <戻る>