桃太郎侍?
ドイツ人のおじさんに撮ってもらった写真。僕なら、左下の人物をカットするが、まあ許せる。
帰りの飛行機の中で、僕はワインの小瓶を空けて、その勢いで眠っていた。ガトウィックに降り立つ。五日ぶりの英国は・・・予想通り寒かった。暖かい国から帰ってきた身には、とくに寒さが応える。
沢山の写真を撮った。五日間で三百枚以上。春にデジタルの一眼レフを買ったのだが、デジタルカメラだと、「不出来やったら後で消したらええわ」と考えて、ついつい気軽にパチパチ撮りまくってしまう。ポヨ子もこのカメラが気に入ったようで、僕以上に撮っていた。ポヨ子は、美術をやっているせいか、構図の取り方が上手い。安心して任せられる。妻だとそうはいかない。妻は構図などに全く無頓着。全身の写真を撮らせると足首から下が欠けている。教会など建物の写真を撮るとてっぺんが欠けている。水平線は斜め。どうしたらこんなになるのかと、見ている者の神経を逆撫でするような写真をよく撮っている。
しかし、写真を撮るのが下手な人は妻だけではないようだ。春に日本へ帰ったとき、姫路へ行った。独りだったので、道行く人に僕と城を入れて写真を撮ってもらった。ひとりの日本人男性はじっくり構図を決め、上手に撮ってくれた。城も人物もバッチリ入っている。もうひとり、フィリピンから来たという兄ちゃんにも頼んだ。彼の撮った写真。姫路城の天守閣が上半分切れていて、おまけに人物は膝から下がない。その写真を見たとき、僕は思わず「許せんっ」と叫んでしまった。ところで、「許せんっ」と、悪人を退治するのは「桃太郎侍」、高橋英樹だったっけ。違ったか。記憶がイマイチ定かでない。
さて「ガルナシア警部」の章で書きかけた、スペインに関する思い出を書いてしまうことにする。話は学生時代に遡る。自慢にもならないが、僕は当時付き合っていた女性に振られ、失恋の痛手を味わった。風の噂によると、その後、その女性は結婚し、富山県のH市に住んでいると言う。一九九〇年頃、僕はスペインのトルトサと言う町で、数ヶ月働いていた。そこにKさんという日本人が住んでおられた。ある夜僕はKさんと食事に出かけた。確か、魚料理を頼み、スペインでもこのあたりでは美味しい魚介類が食べられる、などという話題になったのだと思う。
「私の家内が富山県のH市の出身でね、そこは漁港なので、家内は魚の目利きもできるし、魚もさばけるんですよ。」
Kさんはそう言った。
「富山県のH市ですか。そう言えば、大学時代付き合っていた女性が、お嫁に行ってH市に住んでいるんですよね。」
僕はそう言った。話しているうちに、何と、Kさんの奥さんのお兄さんと、僕の「モトカノジョ」が結婚していて、Kさんはその女性の義弟さんだったことが判明したのだ。僕はすっかり動転してしまった。同時に、Kさんが他人のように思えなくなった。そんな話。
深夜にロンドンに戻り、翌朝の六時過ぎ、僕は車で家を出た。出掛けに妻が言った。
「今日は道路の左側を走るんだからね、忘れないでよ。」
「はーい。」
(了)