ガルナシア警部との会話
砂浜を裸足で歩く。
カルベのことは小さな漁村だと想像していた。しかし、実際はかなり大きな町で、ホテルやアパートメントが林立している。妻の予約したアパートメントを探し当てなければならない。
街に入りしばらく走ると、「POLICIA LOCAL」という看板が見えた。警察署だ。車を停め、警察署の玄関を入り、受付に座っている太った中年の警察官に道を尋ねる。先ほどまで飛行機の中で読んでいた小説の主人公、ガルナシア警部を思い浮かべた。あちらはイタリア、ここはスペインだが。スペインのガルナシア警部は巨体に似合わない高い声で話す。
彼の数少ない英語の語彙と、僕のスペイン語の語彙は良い勝負だ。それでも強引に会話を進める。中年の警官は親切で、玄関から外に出て、道路を指差しながら説明してくれる。「ラウンドアバウト」(ロータリー)は何とか英語で言ってくれ理解できた。その前に「トレイス」と言ったのでおそらく「三つ目」だろう。その後彼は「デラ・ロッチャ」と言った。よく分からないが、彼の指の向きから「右に曲がれと」だと想像する。何とか方角と道順を理解した。
道を教えてくれた警官に、僕の数少ない語彙のひとつ、
「グラシアス」
有難うと言う。彼は
「ムイ・ビエン」
と答えた。
教えられた方向に向かって車を進める。警察署で「何処?」と聞くのに「ドヴェ」と言ってしまったのだが、それはイタリア語だったことに気がついた。でも、それでも通じたので、声を出して笑ってしまう。
僕の数少ないスペイン語の語彙は、昔、数ヶ月、アリカンテより少し北のトルトサという町で働いていたときに仕入れたものだ。その時驚いたことが二つある。ひとつはレストランの開店時間。午後九時開店。食べ終わるといつも真夜中を過ぎていた。もうひとつの驚きは、少し込み入っているので、後の章に譲ることにする。
午後十一時四十五分。何とかアパートメントに到着。鍵を受け取って中に入る。十八階建ての十二階。白い壁のきれいな部屋だ。アパートの中は、最低必要な物しかないので、すっきりした印象。うちの家も、これくらいすっきりしていればなと思ってしまう。寝室が二つ。リビングルーム、キッチン、バスルーム、ヴェランダ付。ヴェランダに出てみると、暗い中に岩山がぼんやり見えた。
水筒に入れてきたワインを飲み、湯を沸かして、三人でカップのきつねうどんを食べる。このシチュエーションで食べるカップ麺は結構美味しい。真夜中過ぎに、娘はダブルベッドのある寝室、妻と僕はツインの部屋に入った。第一日目、いつものことだが、疲れてはいるが、何となく興奮していて寝つきが悪い。しかし、一時前には眠りについた。