茶漬けの味
「日本人をやっていてよかった」と思う瞬間がいくつかある。そのひとつが、食事の最後に、茶漬けを食っているとき。食事はそれなりに美味かった。腹も膨れてきた。最後に軽く盛った白い飯に熱い茶をかけ、野沢菜、柴漬けなどとサラサラ流し込む。口の中がすっきりする。この締めくくりの儀式を通して、「ああ、美味しい食事が終わった」という満足感が味わえる。
フランス人は、食事の最後にチーズを食う。メインディッシュが終わったあと、ちょび髭を生やした年配のウェイターが、金属のお盆の上に色々なチーズを載せて回って来る。あのチーズが、日本人の茶漬けに当たると言う人がいた。しかし、あのアオカビの生えた臭いチーズが、すっきりした茶漬けに相当するというのは、私には疑わしい。私がフランス料理の食後のチーズを嫌っているわけではない。チーズと渋い赤ワインはよく合い、あれはあれなりの趣がある。ただ、日本の茶漬けには相当しないと言っているだけである。誤解のないように。
先日、ギリさんとカリさんというふたりのインド人の同僚と、インド料理を食いに行った。ロンドンにはインド人がたくさん住んでいて、中には親の代、祖父母の代から英国に移り住み、完全に英国人化した人たちもいる。そんな中で、彼ら二人は、一年ちょっと前にインドからやってきた「産地直輸入」「とれとれ」のインド人である。ふたりとも、本名があるのだが、余りにも長いので、短縮形で呼ばれている。カリさんの本名は「クリシュナムルティ・カリアナラマン」。ギリさんの本名は、一度聞いたが、長すぎて覚えていない。
インド料理を食うときには、インド人と一緒に行くに限る。彼らは本能的にその店の美味しいものを察知し、バランスと量と値段を考え、てきぱきと注文してくれる。私なら注文しないような変わった料理も注文してくれて、それが結構美味しかったりする。
さて、その日も、ギリさん、カリさんの注文で、私たちは、美味しいものを腹いっぱい食べた。最後にふたりは、ヨーグルトとボイルドライス(日本の白いご飯に当たる)とマンゴーのピクルスを注文した。それが運ばれてくると、彼らは、白いご飯を皿に盛り、それにヨーグルトをかけて食べ始めた。
「モトもやってみな。美味いよ。」
とカリさんが勧めてくれる。私も同じようにやってみた。ヨーグルトは塩味であるが、本来の酸味とよく合っている。食べると口の中がすっきりする。これまでの、料理の脂っこさが口から引いていく気がする。少し物足りないなと感じたところでマンゴーのピクルスを食べる。ベースは甘い味であるが唐辛子が効いていてピリッとする。辛さで、またヨーグルトかけご飯が食べたくなる。口の中が酸味ですっきりしすぎたところでまた辛いピクルス。この感じ、どこかで経験したことがあるぞ。一瞬考えて思い出したのが、日本のお茶漬けであった。インド人も日本人と同じ感覚で食事を終わるということがそのとき判明したのである。