トラックに乗っては行けない美容院

吊り橋の横の公園。木の根元にはクロッカスの群生が。

 

 車に乗り、朝来た道を戻り、午後五時にブリストルを後にする。スミレによると、僕らと別れてから、先ず事務的な説明があって(退屈で眠くなったらしい)、その後昼食を食べて、学部に行って、担当教官と先輩からの話があったという。ブリストルの印象はと聞く。

「ヒリーな(坂の多い)町で、移動が大変だった。」

本当にその通り。立体駐車場の一階と四階に出入り口があるのも、実は斜面に立っているからなのだ。上から来た車は四階から入り、下から来た車は一階から入るというわけだ。

「英語を専攻しようって子は、白人が多いのよね。五十人くらいいた中で、私ともうひとりのインド人の子を除いて、あとは皆白人だった。」

ふーん、やはり英語を勉強しようと考えるのは英国人なのか。しかし、日本の大学はどうなるんだろう。英文学は結構人気があったと思うのだが。

 スミレは、将来ブリストル大学には来くることはないと断言した。試験で同じ点数が取れれば、もうひとつオファーの来ているダーラム大学に進むという。スミレがここに住むことがなければ、もうこの町に来ることもないだろう。ということは、今日が人生でブリストルに居る、最初で最後の日かもしれない。まあ、「吊り橋」を見ることができたことで、今日、ここに来た甲斐があったと思う。

 帰りはゆっくりと運転する。幸い道は空いていて、順調に距離を刻むことができる。スミレに、家に着くのは七時半頃になると、妻に電話をいれさせる。辺りが暗くなってくる。

 道中、義母と色々と話をする。話題は、日本にいる家族、妹夫婦や叔父夫婦、甥たちが今どうしてるかという「家族の消息」が多い。義理の妹の下の息子が今年十八歳になり、間もなく運転免許を取るという。そして、免許を取ると車を買ってもらえるらしい。妹は、ダンナ、両親、ふたりの息子と六人家族。そうなると六人の全てが車を持つことになり、一家で六台の車を持つことになる。ヒエ〜。

 義理の妹の嫁ぎ先、タカノ家はタケノコ農家だ。彼女の義理のお母さんは普段軽トラックに乗っておられる。ところが、美容院に行くときだけは、妹の乗用車を借りていくんだって。ここで一句。

「トラックに乗っては行けない美容院」

僕は義母からその話を聞き、タカノのお母さんの「女心」に思いを巡らし、笑ってしまった。

 家の前庭に車を停めたときは七時二十八分五十六秒。予告していたピッタリの時間に帰ってきた。中に入ると、大学が春休みに入ったとかで、普段はウォーウィックに住んでいる息子が帰っていた。彼の高校の同級生の何人かがブリストルに行っている。それで、彼はその友人を訪ねてブリストルに行ったことが何度かある。息子も、

「やたら坂の多い街だったよな。」

と言った。吊り橋へ行ったことがあるかと息子に聞くと、あると言う。

「あの吊り橋は、イングランドとウェールズの国境だよ。」

と息子。う〜ん、それ、本当なのだろうか。とにかく、皆で食卓に就き、夕食が始まった。

セントメアリー・レッドクリフ教会の前で。

 

<了>

 

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