隣人と同胞

 

 七時にデートレフが車でノイス駅まで送ってくれた。そこからデュッセルドルフ中央駅までSバーンに乗り、ルクセンブルク行きの特急に乗り換える。列車は八時半にボンに着く予定。スタートが九時四十五分なので、かなり余裕がある。

二年前は、デートレフがデュッセルドルフ中央駅まで車で送ってくれたことがあったが、ライン河に架かる橋を羊の群れが渡っているは、駅前が事故で通行止めになっているは、電車は遅れるはで、スタート十五分前にボンに着き、駅からスタートまで走って、何とか間に合った。そのときは、電車の中で、着替えから、栄養補給、準備体操まで済ませた。それに比べると、今回は余裕である。車内でビアンカにもらったバナナを食べる。

 ボンに到着。不要な荷物を駅のコインロッカーに入れて、昨日と同じ道をスタートに向かう。雨はやんでいるが、路面は濡れていて、空気中には湿気が十分ある。気温は五度くらいか。絶好のコンディションは変わらない。昨日出会った川口さんを含め、日本人の「走り仲間」が数人出場するので、彼らを捜す。しかし、数千人の出場者の中からは容易に見つけられない。九時十五分、ハーフマラソンがスタート。僕は、それを横目に道端で入念なストレッチングをする。残りの荷物を預けた後、スタート十五分前に、マルクト広場のランナー専用の柵の中に入る。そこで、軽く身体を動かしている時、浅尾さんに会った。

「今日は、無理しないで、のんびり行きますから。」

と僕は言った。浅尾さんは、走り終わってからの待ち合わせ場所を僕に告げた。

僕と浅尾さんが話していると、ひとりの東洋人ランナーが話しかけてきた。お互いに英語で自己紹介をする。彼は、リムさんと言う韓国人だった。韓国大使館で働いていると言う。三人で肩を叩き合い、「グッド・ラック」と励まし合う。浅尾さんが、

「日本と韓国は、今竹島問題とかでもめてますけど、隣同士なんだから、もっと仲良くすりゃあ良いものを。」

としみじみと言った。同感。ボンでのマラソンのスタートと言う状況で出会ったリムさんに、僕は「隣人」と言うよりも「同胞」に近い感情を覚えた。おそらく、リムさんもそうなのだ。だから、話しかけてきたのだと思う。

 柵の中にランナーが次第に満杯になる。申込用紙に、ズルをして申告タイムを速めに書いたので、僕は前の方からのスタートだ。音楽が鳴る。それに合わせて、手拍子を打っている人もいる。スピーカーからのカウントダウンが「ドライ、ツヴァイ、アインス、ロス(三、二、一、出発)」になってスタート。何万人も出場する大きなマラソンだと、スタートの待ち時間と、混雑が大変だが、出場者がわずか三千人のボンマラソンでは、スタートは平和でスムーズだ。スタートのゲートをくぐったところで、センサーが靴に取り付けたマイクロチップを感知して「ビー」と音を立てる、そこで腕時計のストップウォッチを押す。僕は、スポーツドリンクのボトルを片手に、野球帽を目深にかぶり、ゆっくりと走り出した。コースは、間もなく旧市街を離れ、ライン河に架かる長い橋にかかった。

 

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